環藝録

写真でつなぐ広島風物記録

砂原の御手洗川

県道が御手洗川を跨ぐのが「宮内橋」で、その上流側には「砂原大橋」が架かる。「大橋」というほど幅広ではないが、車が余裕で通れるくらいの意味の「大橋」か。

文政2年の宮内村の『下調べ書出帳』にて、過去の大洪水によって川筋が不安定になってしまい、「山崎より天王馬場先へ突通シ当時砂原与申所へ向テ山辺り伝へ、隣村地御前村境迄瀬替いたし」たという。流路を変えたことで新開地が増え、所々に残る川原の跡が「古川」と呼ばれているとある。
この砂原大橋から北に登ると宮園団地が広がる。
四季が丘や陽光台など連なる丘陵は、御手洗川沿いの谷筋の古くからの町よりらるかに広大。

宮内から15km

その歩道橋の反対側の面を見ると、「佐伯」まで15kmの表示がある。旧佐伯町の中心部までがそのくらいの距離。

隣には「日赤看護大学」が左手にあることが示される。阿品へ抜ける山の上にある。
歩道橋の先にぼんやり見えるのが「佐伯中央農協」。その手前に御手洗川を渡る橋がある。