環藝録

はてなダイアリー『看藝累記』をインポート

門の紋をくぐる

大楠の奥、拝殿の手前に立つ神門でも折敷に三の字の紋を見上げる。ただここでは菊の紋の方が中心を占める。 扉に浮き出ているのも十六弁の菊。

神紋の突起

大鳥居の右脇には背の高い社号碑が立っている。 上部に神紋を据え、その下に「延喜式内社 伊豫国一宮」を二行に並べ、「大山祇神社」の字は全体の半分の広さを取る。 文字は掘りくぼめられていて紋章は突き出ている。ずいぶんと高いというか深い。

扁額の十一文字

その大鳥居の扁額は銅製で、青と白が混ざった地色に「日本総鎮守 大山積大明神」の字が浮き上がる。 同様の字の扁額は参道途中の総門にも掲げられていて、こちらは色鮮やか。 早稲田大学図書館所蔵の資料に「大山祇神社扁額」の拓本がある。「荻野三七彦旧蔵…

鳥居の脚

所変わって大三島の大山祇神社。大きな石の鳥居に刻まれた紀年は寛文9年。 脚の繋ぎ目の部分に干支の二字が重なっていて、「己酉」の字の下半分がわずかに見える。

松尾神社の狛犬

階段の上、松尾神社神殿の壇には狛犬が控えている。 どうも台座と像の質感がちぐはぐだが、台座の紀年銘には享和2年の奉納となる。石灯籠よりもふた回り新しい戌年にあたる。 正面の紋はぼんやりした線だけど立葵か。

米の字の磨耗

聰敏神社と同じく、福山八幡境内奥に鎮座する松尾神社。 階段下に立つ石灯籠は安永7年の奉納。 その古さは正面に大きく刻まれた「米中買」の字のおぼろげな輪郭に現れる。

台石の低さ

福山八幡境内の聡敏神社石灯篭は「下魚屋町中買中」による奉納。今の今町と笠岡町のあたりに魚問屋があった。 二段ある台座のうち、上段の石は上三分の一ほどが飾りのため字が刻めない。「下魚屋町」の四文字がちょうどおさまる高さの側面のため、屋号を持つ…

芳名林立

衝立のように参道脇に広がる芳名板と同じく、一件一件の奉納者名が石柱に刻まれて隙間なく並ぶ姿は、横に連なる長さが権威づけとなる。一件一件への顕彰でもあるけれど、数が増えるほど構成要素のごく一部に均される。 時代を経て百圓が百万圓になっても変わ…

東の参道脇

福山八幡宮は東西の御宮があり参道も二ヶ所ならんでいる。 東御宮の階段麓に「儀式殿建設記念」の芳名板が連なっている石三枚におよぶ。儀式殿は麓の「東参集殿」の奥にある。 連なる玉垣と同じく、長い参道には長い芳名が似合うと。

総経費の面

その屋根替えのために一般氏子中から188万五千円奉納されたのが表に刻まれている金額で、左側面には総経費280万円が大きく刻まれている。 下の隅には石工の名も刻まれている。それ自体はよくあるレイアウトながら、石工からも「金六千円」が出されていること…

屋根替えの芳名

福山八幡宮の「御屋根替記念」の石碑は表の面に六段にわたって寄付者の芳名が刻まれている。金額別のいろは順となっている。最後が「世良」さんの後に「川口」さんなのは何なのだろう。 筆頭には3万円の「山陽染工会社」の名があり、次の6件が2万円となる。…

奉賛会の記念碑

寄附の芳名板の形がいろいろある中で、石碑に金属板を嵌めて参道脇に立ててあるのは、末永く残るのはもちろん今現在参拝する人にしっかりと見えるようにという強調の度合いが強く見える。 福山市の艮神社の、900年記念の一連の慶祝事業を記念する石碑に寄付…

寄附者銘板

その鷲の像は猿猴川を背に翼を広げている。 足元には「モニュメント(記念碑)の由来」と寄付者名を連ねたプレートが据えられている。寄附者名の順序はところどころ五十音順なので、金額ごとの区切りがあるのだろうか。末尾には「金三萬円以上」と書いてある…

猿猴橋モニュメントの鷲

鷲の絵や像の場合、小さく佇んでいる姿よりは、大きく翼を広げて飛ぶ姿または飛ぼうとしている姿が見栄えがいい。 広島駅前の猿猴橋たもとには、大正時代に親柱にあった鷲の像が復元されたモニュメントが立っている。元来のものは金属供出で撤去されてしまっ…

獲物を見る目

水鳥は脚元の水面を見て、トンビやワシは遠くに動く動物を見るのだろう。首があっち向いたりこっち向いたりはしなさそう。 街灯の上にとまっていると足がよく見える。

狙いをつける鷺

まだ光南に広島高速が工事中だった頃、本川の浅瀬や筏にに佇む水鳥が朝夕の行き帰りのいつもの風景だった。場所変えて今もそうだけど。 ただ鷺が立っているだけだと代わり映えしないと感じてしまうが、水の中を物色して歩き回る姿を見ると、カメラに収めたく…

歩く鳥

飛べない鳥であることを描写するには歩いている姿を見せると、飛べないか飛ばないかで受け取ってくれそう。 こちらの画像は防府市の市街地で見かけたサギ。 立っている姿や歩いている姿は、その種類の鳥のイメージをノロノロしたものに傾ける。鷺はだいたい…

ゴンドラの麓

クイーンズタウンのkiwi &birdlife parkはロープウェイの麓駅手前にある。 行った時は時間外で園内には入れなかったけれど、大きなキーウィのシルエットが迎える入口から料金所までの道にも少し説明文や写真があったりした。

坂の下の巨鳥

オークランドの空港の、車道を跨ぐ陸橋の端が坂道になっていて、その直下の空間が植栽と鳥の像で埋められている。人が通らない場所の有効活用。 ニュージーランドの表玄関として、観光客を迎えるモニュメントはキウイを巨大にしてモアと並び立たせる。

阿品駅の白ポスト

地御前駅の次の阿品駅は、隣接する広電阿品駅やナタリー(フジグラン)などのある東方面に歩道橋で結ばれている。 この駅前にも白ポストがある。歩道橋の階段下のスペースにあるためよそよりも目立たない。

宮内串戸の白ポスト

宮内串戸駅前に設置されている白ポストは、ポスト正面に三団体が表示されている。 そのうちのひとつ「青少年育成廿日市市民会議」のサイトに説明ページがあるがとても簡素。側面の貼紙にあるように間違えて郵便物が入れられることがあることが特記事項なのか…

昭和の末の駅

宮内串戸駅は昭和63年4月の開業で、廿日市町が廿日市市になってすぐのこと。 こちらが廿日市市中心部とすると廿日市駅は町制の頃の中心か。 昨年が開業30周年だったので駅周辺案内図に大きな看板が掲げてあり、左隅の地御前のあたりには当時の新聞記事が貼ら…

宮内串戸の周りの丘

喪中とはいえ、変わらず小出しの習慣へ。 宮内串戸駅の周辺案内図は広告に囲まれた横長の街区地図で、西は四季が丘から東は可愛川河口(木材港)までを載せている。 藤掛や峰高の山陵はほぼ公園や住宅に覆われていて、案内図上では緑がない。 峰高公園から南へ…

黒字の周りの白地

平成11年設置のその白い角柱は、そこにあった城跡の形状や伝承の説明文がある。 角柱全体の白はしっかり残っているが、文字の輪郭に近い部分は色が剥がれ落ちている。文字が剥がれて読めなくなっているわけではないので役目は果たせている。

削られた城跡

その藤掛の城跡は、一部を串戸陸橋が貫通している。 陸橋脇の側道に立つ標柱が城跡の説明を細々と綴っている。

削られた城跡

その藤掛の城跡は、一部を串戸陸橋が貫通している。 陸橋脇の側道に立つ標柱が城跡の説明を細々と綴っている。

宮内と下平良の境

『藝藩通志』の巻四十九佐伯郡の村絵図にて、下平良村と宮内村の境界を海岸近くまで山の尾根が通っている。 現在の串戸陸橋あたりを先端として「フジカケ尾」に古城跡があり、西国路の通る鞍部南の「越峠尾」にも古城跡がある。 それよりもさらに奥の山林を…

山にあるものと街にあるもの

その交差点から案内標識のある施設が5件並んでいて、上3件は右折した先に、下2件は左折した先にある。道路の目的地と違い廿日市市内にとどまる。 市役所・文化センターは海に近い市の中心部。スポーツセンターはこの交差点のすぐそばの丘の上にあり、速谷…

右に木材港

逆に、西広島バイパス(の下の道)を東へ向かい平良の交差点に差し掛かると、 左手の国道433号の先は加計へ、右手の県道247号の先は木材港と廿日市市街へ向かうと示される。標識の「木材港」と「廿日市市街」部分が修正された跡があるので、この表示は合併以降…

串戸陸橋を見上げる

廿日市の中心部で国道2号を跨ぐ串戸陸橋は、南東の木材港と北西のスポーツセンターを結ぶ県道の一部。 北西方面には速谷神社など多数の目的地が案内表示さており、接続する主要な道路には西広島バイパスがある。国道2号のこの向きから西広島バイパスを目指す…