環藝録

写真でつなぐ広島風物記録

地名

図書館を見上げる祠

経済大学敷地の外、正門よりも東の斜面の下は祇園5丁目。 新羅神社よりも奥の谷にひっそりとあったと思しき、幸神社の小祠。 旧村名でいえば北下安村の境のあたりか。

砂原の御手洗川

県道が御手洗川を跨ぐのが「宮内橋」で、その上流側には「砂原大橋」が架かる。「大橋」というほど幅広ではないが、車が余裕で通れるくらいの意味の「大橋」か。 文政2年の宮内村の『下調べ書出帳』にて、過去の大洪水によって川筋が不安定になってしまい、…

宮内から15km

その歩道橋の反対側の面を見ると、「佐伯」まで15kmの表示がある。旧佐伯町の中心部までがそのくらいの距離。 隣には「日赤看護大学」が左手にあることが示される。阿品へ抜ける山の上にある。 歩道橋の先にぼんやり見えるのが「佐伯中央農協」。その手前に…

800メートル先

その歩道橋の名は「宮内歩道橋」。橋名板が階段の角度に合わせて傾いているが、文字の角度は地面に垂直。でも色が分かれていないので読みにくい。 そこから東へ800mで広島方面と岩国方面の分かれ道という標識がある。西広島バイパスを指す。

北山架道橋の下

山陽新幹線が県道30号と斜めに交わるあたりが「峰高団地入口」交差点。 県道の南に並行する細い道路は、300メートルほど西の「花園団地入口」交差点で県道と合流する。 前項のフタバ図書宮内店(閉店)があったころ、新幹線高架「北山架道橋」の下に置かれた…

廿日市の外れのバス停

廿日市駅の南に、住居表示としての「廿日市」がある。狭い意味の廿日市町をだいたいこの範囲として、宮内や串戸を含むのが市政施行前の町制の「廿日市町」。可部町の広がり方と似ているが、市になってさらに南北の町村を併せて広がるという展開はどこでもあ…

西と東の施設一覧

宮内串戸駅には西口と東口があり、改札口を出てすぐの所に、近隣の施設がどちらの出口から行けるかが示される。 その中でも利用者の多い「さくらぴあ」については、前項のように案内図が詳細になる。 この一覧の中でもさくらぴあ関連施設の「はつかいち」は…

あいプラザの経年

廿日市市役所前と廿日市市役所前駅の間には「あいプラザ」バス停がある。 今年度から五年間、総合健康福祉センターに導入されたネーミングライツにより、愛称が「山崎本社 みんなのあいプラザ」となった。 www.yama-hon.comそれを紹介する企業内のページでは…

串戸にあるバス停

「宮内分れ」バス停も、その次の「宮内」バス停も、住居表示上は宮内ではなく「串戸」。 「宮内」バス停は細い道にあるからか新しいからか、広電とさくらバスの表示が一つにまとめられている。 その次のバス停は宮内串戸駅前なので、北へ向かってだんだんと…

宮内分れバス停

それらの、宮内の駅前地域に国道から入る道は「宮内分れ」の交差点名を持つ。 今となっては細い分かれ道でも、その奥へ深く通じる入り口にあたる。 その附近にあるバス停が「宮内分れ」。さくらバスと広電バスの路線が通る。国道沿いの路線は東は市役所から…

地域内の分岐点

そういう風に、柱の立っている場所も含めて重要な地点であるとは限らなくて、三叉路に立てられれば角度も様々に遠近各種の目的地が指し示される。その道しるべ自体は無色透明でありたいけれど、歳月が流れればそうもいかなきなる。 ここは廿日市市の串戸駅付…

柱を挟む矢印

可部線の河戸駅駅舎は亀山南の伊勢社麓に移された。 その場所に建てられた矢印標識は移築駅舎とふたたびの宮(伊勢社)と、さらに麓のあき亀山駅の方向が示される。 どれも至近の距離にある対象で、道案内のためというよりは、ここを中心にしてほぼ同じ場所に…

錆びてない横棒

宮前橋附近は参拝者用の駐車場や土産物屋があり、ここを起点にして近在の観光に向かう人も多いのだろう。 錆びた柱に矢印状の板が5枚付いていて、「大山祇神社」や「宮浦港」など主要な目的地への方向と所要時間と距離が示されている。 板のフチが錆びている…

明治川沿いの道

明治川は宮浦本川の支流で、合流点附近に「鶴姫鈴鳴公園」がある。 そこを起点に明治川に沿った道が「鶴姫ロード」で、神社近くに銅像がある。 直線的な案内図が「現地」と示すのが現在地。表参道ではない道は色々後から飾りやすい。

平成5年と6年

宮前橋の橋名板には「平成五年三月完成」、十劫橋には「平成六年九月完成」との銘がある。「完成」で揃えてある。 前者は字間を空けず平たく重ねていて、後者は字間も左右も広く取っていて大人しい感じ。

明治川の橋

大山祇神社の南隣を東から西へ流れる「明治川」は、宮前橋もその上手下手にある橋もそれぞれに擬宝珠を持つ欄干で飾られている。 宮前橋付近ではほとんど水流が無く、すぐ上手の「十劫橋」付近にすこし水たまりがあるくらい。この橋の南に海事博物館(葉山記…

側道橋がある橋

kanototori.hatenablog.jp 小屋浦橋のように、車道を通す橋の隣に歩道のみの細い側道橋が備えてあると、便利な橋、安全な橋、と思えるものの、 その側道橋は後付けであることを思うと、それがなかった頃がいかに危なかったか、橋にさしかかると急に狭く感じ…

片側だけ歩道

小屋浦一丁目は天地川加工部の埋立地全体を範囲とする。 国道31号は先ほどのような緑地帯を備える区間もあれば、海側に歩道の無いところもある。店舗の入り口と接していれば歩けないわけではないものの、「向田橋」に歩道部分が無いためその水路付近で急にく…

6番のりば

宇品港の6番乗り場の桟橋から出る高速船が、高田港や中町港へ向かう。 それ以外の航路が江田島(小用)などへ向かうが、行き先表示の中には一部消された「沖美」があったり(他言語表記は残る)、江田島より先に表示されていた「 」がある。

宇品まで30分

その中町港から宇品までの高速船は、港の入口の看板によると30分かかる。 「30」の表示が上から重ねられたようなので、以前は所要時間が違ったのかもしれない。

高田港と造船所

宇品から能美町へ向かうフェリーは高田港を経て中町港に至る。どちらで降りても料金は変わらない。 高田港の桟橋は北に突き出ている。六角形(のような)屋根の小さな建物が目印。 そこから中町港へ向かう船から右手に見えるのが中谷造船。

利根公園

慰霊碑のある敷地は「利根公園」で、慰霊碑の参道のような小道だけの小さな園地ではあるけれど、入り口や池などあって単なる植栽だけではない様子。 「犬の立入りおことわり」の注意書きが公園らしさを強める。

宮の郷の祠

安芸区阿戸町(熊野跡)の県道沿いの畑の一角に祠があった。 瀬野方面から見ると背後を見せていて、熊野方面に正面を向けて階段がある。県道に並行するので道路から見て奥行きをとらない。 すぐ近くには「宮の郷」バス停がある。

勝円寺の隣の米八幡

『文政三年高宮郡 国郡志御用につき下調べ書出帳』の村絵図「上中野村下中野村」は両村の境を表示しない。村別の「村内小名」は違いがあるものの重複もあるので地図にあらわすとかなり入り組んでしまう。 絵図上では「勝円寺」の東隣に「八マン」と「アミダ…

水主町の可愛神社

可愛神社は割合に大きな両部鳥居が目印になる。 kanototori.hatenablog.jp 神社の由緒が手書きで掲示されていて(平成20年)、そこに綴られる再建の社殿と鳥居の新しさが町内会単位の思い入れの強さを示す。「中国地方最大の可愛川を支配している神」とは大仰…

花の散歩道の矢印

散策するルートを案内する矢印は、その先にあるものを示すわけではなく、この道がその矢印そのものであることを感じさせる必要がある。不安がらせないというか、細い線で、そのまま進んでいいですよという。 可部の旧国道に並行するさらに細い路地が「花の散…

石仏のある遊歩道の名

kanototori.hatenablog.jp ゆるぎ観音を中心とする霊場を、「ゆるぎ観音」や「石仏めぐり」以外を用いた呼び名を使うと、「もみじ谷」であったり、「城山自然遊歩道」の一部とも言える。 手すりを設けたり階段を整えたりすることで「健康への道100選」に含ま…

説明板諸相:二社と一祠

昭和57年に記された説明板は、河川改修によって一ヶ所に集められた神社と石仏の解説を載せている。下野岩太先生の文なので、これらが項目別に分かれたものが『かべの町かど』の記事と類似する。 別々の場所にあった「藤ノ棚大神」「稲荷社」「舟ヶ谷観音と磨…

昭和の末の駅

宮内串戸駅は昭和63年4月の開業で、廿日市町が廿日市市になってすぐのこと。 こちらが廿日市市中心部とすると廿日市駅は町制の頃の中心か。 昨年が開業30周年だったので駅周辺案内図に大きな看板が掲げてあり、左隅の地御前のあたりには当時の新聞記事が貼ら…

宮内と下平良の境

『藝藩通志』の巻四十九佐伯郡の村絵図にて、下平良村と宮内村の境界を海岸近くまで山の尾根が通っている。 現在の串戸陸橋あたりを先端として「フジカケ尾」に古城跡があり、西国路の通る鞍部南の「越峠尾」にも古城跡がある。 それよりもさらに奥の山林を…