環藝録

写真でつなぐ広島風物記録

中馬の古墳群

中馬村は、上入江と同じく現安芸高田市吉田町内に位置する*1。書出帳には「八ツ塚」が記録されている。

八ツ塚と申候而凡村の中程に腰林山之内塚御座候 いつ頃いか様の訳にて出来致し候哉相しれ不申候尤八ツは無御座塚形ち御座候分も当時は崩し居申候 只今弐つだけ御座候
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中馬古墳群(吉田町) 中馬古墳群(吉田町) 中馬古墳群(吉田町)
現在は「中馬、金広、長者原にかけての古墳を総称し中馬古墳群」としている。「八ツ塚」と名付けられた頃は8基またはそれ以上の数が知られていたようだけれど、書出帳当時は崩壊が進み「塚形ち御座候分も当時は崩し居」という状況でなされたカウントは2基。石室の描写がないなど、細部にこだわらない代わりに数量にこだわる記述。
現在の「八ツ塚ひろば」にあるぶんに限ってもそこまで少なくないので、それ以降の発見が多いのか、または崩壊して墳丘を失ったものを数えなかったのかもしれない。