環藝録

写真でつなぐ広島風物記録

2017-06-01から1ヶ月間の記事一覧

埃宮橋

昭和5年「縣社多家神社参拝記」*1中の文化橋の記述のあと、乗合自動車は多家神社の麓に到着する。 左向ひの土堤に村役場、及び埃宮橋右は目的地誰曾廼森多家神社である、自動車は此の所のに有る待合所でぴたりと止る 古めかしい欄干を残す「埃宮橋」は車道専…

土手の上の掲揚台

榎川土手の北は府中小学校が隣接する。 校門から土手に上がる大階段の頂上真ん中に国旗掲揚台が設けられている。地元企業による建設で昭和42年10月竣工。 沿革:府中町立府中小学校 同校の沿革にはとくに載っていない。同年同月の出来事に「給食教育全国表彰…

榎川土手

文化橋から川上へまっすぐ行くと多家神社と資料館が川を挟む。 川の両側の土手は、右岸が松などの並ぶ遊歩道で左岸が県道。前掲の参拝記も松を記すが県道が今ほど広くないので両岸に木が並ぶ。 それらの土手を清掃するは付近の小学校区の公衆衛生推進委員会。

昔の文化橋

菅原守編『藝州府中荘誌』に載る「縣社多家神社参拝記」は昭和5年の多家神社境内の様子*1だけでなく、広島駅からの乗合自動車の車中から見える様子も記されている。 榎川に架かる文化橋は多家神社の川下に位置するので、榎川沿いの県道の左手に見えることに…

文化橋バス停

府中町を南北に貫く都市計画道路は「鶴江鹿籠線」。コミュニティバスの南北の移動は県道とこの道路を主な経路としている。 府中小学校の南でこの道路は「文化橋」を渡る。設置されたバス停標識は桃山のように街路樹の痕跡上にあるが、そのアスファルトの上に…

浜田二丁目バス停

県道84号の東海田広島線は府中町を東西に貫通する主要地方道。 その県道沿いにあるバス停はコミュニティバスだけでなく昔からの路線バスも通っているので歩道にバス停設備が馴染んでいる。 長めに切り欠きのついた乗降用の路肩と、歩道のフェンス寄りに立て…

バス停のある段差

そんな桃山一丁目バス停は歩道の端にバス停標識を立ててある。 この歩道は街路樹のスペースが車道側に区切られているので、バス停の設置されている場所ももとは何かしらの植栽があったのだろう。点字ブロックがバス停に分岐してないあたり、まだバス停が新参…

斜めの直った後

桃山一丁目のバス停に貼られていた時刻表は剥がれかけていた。年末年始の時刻表がそれに重ならずに上の方に貼られていたのはそのためか。 それよりも目立ったのが支柱の傾きだったが、のちに見かけたときには直っていた。

年末年始が被さる

コミュニティバスも年末年始は通常と異なる運行スケジュールとなるので、臨時の時刻表が掲示される。(緑井巡回バスの場合運休だったが*1) 廿日市で見かけた*2のは養生テープだったが、ここでは青いマスキングテープで上下または四つ角を止めてある。テープ…

広電のつばきバス

府中町内と広島市中心部を結ぶ路線バスは広電バスが運行している。それに加えて町内の循環バス「府中町つばきバス」も広電バスが府中町から委託されて運行している。 府中町のサイト内のつばきバスについてのページは、以前見たとき*1とはアドレスが異なって…

三日間のバス停

横川駅前のバス停は、同じ停留所名で路線別に複数箇所の乗降場所が用意されていて、メディカルプラザ前*1では広島バスの降り場と広電バスの一部時刻の乗り場という分担になる。 そんな乗降場所の上屋の傍に臨時に置かれた広電バスの停留所表示は、「オンワー…

「町」の読み

バス停の表示に振り仮名がある場合とない場合とあって、同じ場所で違う路線のバス停が並んでいるときに片方だけ読みが添えてあると、そちらの方が便利なように見える。実際そうなのだろうけれど、 昔のそこのバス停利用者は地元民中心で読みを示すまでもなか…

西蟹屋のバス停

複数のバス会社の路線が使っているバス停には、円盤上にあるいは屋根の上に会社名が所狭しと並んでいる。 所によっては「祇園大橋」と「大芝町」のように同じ場所で違う名前が使われたりする。*1 広島駅の東、大州通り上にある「西蟹屋」バス停には、道路に…

八千代の緑

同じように、バス停の円盤上の線が緑色の「広電バス」が通る所に土師ダム沿いの道がある。国道54号を通る本線より便数が少ないので寂れた感じがしてしまうが、現役の路線。 国道54号沿いのバス停は赤い丸に緑字で「広電バス」。(例:根野 *1) *1:http://d.h…

バス停の小屋の有無

その無人販売所の近くのバス停は「志路原下」だが、ここにはとくに雨風をしのぐ小屋や屋根は無い。 千代田との境近くの「下石」バス停には頑丈そうな木の小屋がある。 どちらも豊平バスの止まるところだけれど、円盤上の広電バスらしき表示は消されている。(…

野菜の売店

同じく豊平の路傍にあるのは野菜の無人販売所。バス停のように路肩が広がっている。 木の小屋に「新鮮な野菜をどうぞ!! 無人直売所」という大きな看板がある。昔は濃い色の字だったのだろう。

豊平のライオンズクラブ

千代田から豊平に入ったところには、そういった農業振興の事業が大きくアピールされている。そして年月が経ってもそのまま残っている。 同じような場所に「豊平の町へようこそ」と千代田方面からの車に向けた看板が立っている。「平」の点の色が落ちている。…

農道の事業

その看板の少し西には、「団体営農道整備事業」の看板がある。国道から分岐した農道が南東へ伸びている。山の合間を縫った先は寺原川沿いの谷に通じている。 「農林水産省補助事業」で、この下石地区が「ウルグアイ・ラウンド対策事業地区」に含まれている。

説明板諸相:下石の圃場整備

古い看板に残る「昭和65年」のように、昭和末期に立てられた予定の中には1990年以降の昭和が潜んでいる。人間だもの。 舞綱の隣の下石には「団体営圃場整備事業 下石地区」の説明板が立っている。 「農業の“維新元年“1987 みんなでチャレンジ!!」と添えてあ…

舞綱バス停に残るもの

志路原川沿い(国道433号)での千代田と豊平の境は舞綱と下石*1。 古びた波板造りの「舞綱(もうつな)」バス停は円盤上に「広電バス」の名が見える(画像は平成21年)。現在では広電のバスは千代田地域では高速道路しか走っていない。 さきに見た北広島町内…

千代田の巡回バス

古保利薬師*1の麓には「薬師公園前」バス停。 「バイパス壬生口」と「千代田中学校北口」の間に位置する。 バス時刻表 北広島町のバス時刻表案内ページは地域ごとに「町内バス時刻表」を載せている。そのうちの「千代田巡回バス」は3路線あり、この薬師公園…

千代田中学校北口

幹線道路やその旧道沿いのバス停は昔から使われている所が多く、時刻表やバス会社の表示に昔の名残があったりするが、 コミュニティバスなど小回りの効く路線には、細い道に比較的新たに過去の遍歴の無いバス停が出現することになる。 それでも年月を重ねる…

広電バスの痕跡

有田から西へ、八重バイパスを進むと八重大橋で古保利へ渡る。バイパスは直線で東へ続くが、旧道にあたる北寄りの道を路線バスが通る。 今から8年前の写真。「千代田中学校前」バス停の古びた円盤は「広電バス」の名を掲げるが、時刻表にあるのは町営バスと…

バイパス壬生口

国道261号が志路原川を渡るのが「新大橋」*1で、その手前の交差点を東に向かってと壬生方面。 現国道にあるバス停の名は「バイパス壬生口」。旧称は「千代田町役場前」。旧道にあたる志路原川西沿いの道路には「壬生口」バス停がある。 *1:http://d.hatena.n…

有田の志路原川

千代田町中心地の西部にあたる有田には、南から流れる冠川と、北から流れる志路原川がある*1。 有田村の『書出帳』では志路原川は見出しには「本川」とあるが、説明の末尾に「此川筋志路原川と申候」とわざわざ書いてある。。 *1:http://d.hatena.ne.jp/kano…

冠川

可部(南原)と本地との境が冠山で、そこを源に流れる「冠川」は本地・石井谷・有田・丁保余原を流れて可愛川に合流する。 本地村と石井谷村の『国郡志御用に付き下調べ書出帳』では「本川」と書かれる。そのさらに支流は「小川」や「枝川」と書かれる。 一 本…

有田出身者

石井谷のすぐ北に接するのが「有田」*1。安芸武田氏の合戦で有名。 近代史においては、荒川五郎の出身地(当時は八重村)であることから、関連の記念碑もある(が、直接見てはいない。ingressポータルにはなっているようだ) 第一回卒業生総代 荒川 五郎 | 日本…

石井谷の奥

南から北へ流れる冠川は可愛川の支流。同じ支流の「出原川」が東の山向こうにあり、旧村名では「南方」「木次」などが位置する。 石井谷の町道を東へ抜けることで南方・木次へ通じる。この標識は千代田町時代からのものだろう。

石井谷川

石井谷を流れる「石井谷川」は冠川の支流で、合流点に橋がある。 石井谷村の『書出帳』の「川」の項目には「枝川」とあり、「きし本」で「本川」に云々とある。「岸本」は石井谷村の中心地で社倉のあったところ。

城ヶ峠

「下本地」の次のバス停が「城ヶ峠」。本地と石井谷の境に当たる。 本地の中心部が「市」で、市の前後で本往還道の地勢が変わる。 山縣郡石井谷村←「城ヶ峠」〜(平地)〜「市」〜(坂道)〜「峠塚」→高宮郡南原村 その間、一里塚は三ヶ所あり、「峠塚」「岡田塚…