石段の麓にいくつもの石碑が立っている。
そのうちのひとつ「熊野毛筆元祖頌徳之碑」は、昭和丁亥年*1、今から六十年前の八月に建てられたもの。
碑文は「熊野町立図書館-デジタル熊野」の「1954年02月発行 筆の町 熊野誌」に載っている。以下、孫引き*2。
安芸郡風教誌(大正四年発行)
実業功労者
乙丸常太郎
井上彌助
本郡熊野村に於ける製筆事業は隣村矢野村に於ける製髢*3事業と相俟って、実に本郡及本県下に於ける資源の権威たらずんばあらず。蓋し之が起源は、今を去る五十六七年前の事に屬す*4。而して今其の元祖を尋ぬるに、乙丸常太郎、井上彌助の兩氏に原くものゝ如し。
抑創業の当初は、技未だ熟せず勢亦振はざりしに、鋭意技を磨き、熱誠業を励み、人を導き世を警め、孜々として成功を期す。辛苦察するに余あるものに在りて存す。
既にして明治十年、初めて内国博覧会を開催せらるゝや、此の地西尾平なるもの、自製の毛筆を出品し、正に入賞者の一員に列せらる。乃ち大に勢を得、爾来発奮砥礪、業大に振ふ。勢既に此の如し。(以下略)
あらためてその立地を地図で見ると、厳密には南面ではなく南東を向いている*5。日の出を拝むにはちょうどいいかもしれない。
南東には町役場が、北西には筆の里工房がある。
地図出典:「電子国土」 http://cyberjapan.jp/index.html