環藝録

写真でつなぐ広島風物記録

えの宮公園の水害記念碑

畑賀など瀬野川流域だけでなく、府中町でも大きな水害となった。
えの宮公園内の昭和19年建立「水害記念碑」。題字は法学博士正木亮。この翌年に広島控訴検事長となる*1

「大正十五年九月十一日前夜半來豪雨アリ榎川其他ノ各河川氾濫シ堤防決潰三千五百間橋梁流失二十餘〜」と、当時の被害が綴られ、被害総額百萬圓を超えたとある。御内帑金の下賜・県民の労力奉仕もあって復旧が成り、「今日ノ隆昌ヲ致セリ」と讃えている。

昭和7年刊行の『藝州府中荘誌』(菅原守遍)では、「第一章 地誌」に「七、府中村水害略史」の項があり、大正15年の水害の被害と復旧について6頁ほど割かれている。その前後には天保7年と昭和5年の水害の記録がある。

「えの宮公園」は多家神社の麓の公園。榎川を挟んで歴史民俗資料館があり、それらを結ぶ陸橋から見下ろせる位置。