長らく太田川放水路最南部の橋だったのが「庚午橋」で、上流橋と下流橋、さらに商工センター方面から下りてくる車線の立体交差橋から成る。親柱の造形が上下の入り組み具合を表しているような感じ。
西へ向かう下流橋の先は「草津沼田道路」の入口に通じる。
『河岸の戦後史6 太田川放水路』(広島都市生活研究会.1992)に多くの写真が掲載されていて、古くは先代の橋が昭和44年の水害を被る前の姿があり、橋脚の陥没・応急橋・現在の橋の建設の経過など*1さまざまな状態を経ている。
*1:P72「平成元年(1989)7月海と島の博覧会開幕の2日前、庚午立体橋の上でテープカットした」