環藝録

写真でつなぐ広島風物記録

河戸杉薬師の縁起


ある時、一夜のうちにこの杉の大木が失せたので近くの里人が行って見ると、大木が数々の仏像となり、杉の切り口には松の枝が一本さしてあった


行基作の仏像と伝えるだけでなく、もともとこの地にあったという杉の木が仏像の材料として結び付けられている。
薬師・観音・勢至・十二神を安置する薬師堂についての説明板は道路に面して設置されている。傍らには五輪塔が集められている。

文政2年『国郡志御用ニ付下調べ書出帳』(下四日市村)には「杉の本医王寺」の名で載っていて、堂宇の規模や本尊といった項目のほか「杉薬師略縁起」を収録している。そこでは行基が当地を訪れた際「一奇杉ノ木ノ勝瑞ヲ瞠テ」仏像を彫ったところ信仰を集めて「貴賤市ヲナシ」たとが後に衰えたとする。たびたびの洪水のも残りこのまま雨露にさらされるのは忍びないと、「一宇ヲ造立シ」「外像ヲ彩修シテ本ノ古仏ヲ奉納シ訖」と結ばれる。
それに続いて「申伝ニ曰」として、説明板にあるような「杉ノ株エ松ノ枝ヲ差置レ」たという松の大樹の由来が記される。「此松枝逆ニ差置玉フ故松枝間ニ逆ニ附居申候」と、奇樹としての理由付けにも関わっている。