環藝録

写真でつなぐ広島風物記録

2015-10-01から1ヶ月間の記事一覧

脚のうねり

鳥居の脚を円筒状に加工せず幹そのままを使う例、大鳥居ほどの巨樹ではないが、 ほかの神社でもたまに見かける。 向原町の泣き別れの近く、八幡宮の参道入口の鳥居の規模は普通ながら、右へ左へ波打つ幹。それを貫く加工された木と鉄の横木。警固屋の高烏台…

木の上の石

「石の上の石」としてよく見かけるのが鳥居の上にある小石。 鳥居よりも高い位置から見下ろすとよく見えるが、*1 量が多く載っていると、大鳥居を見上げる位置からでもよくみえる。笠ではなく脚の横木だけど。 上の画像が平成19年で、下が昨年。 扁額が塗り…

フジツボの混じる位置

厳島神社の大鳥居もとうぜん根元の水分が多い。多分乾いてそうなてっぺんも水気が多いのだろう。 潮の引いたとき姿を見せる根元。フジツボが張り付いているので近づいた観光客の何割かは触る。よく触られる場所も限られているだろうから、同じ個体なら殻が擦…

鳥居の水分

奥まった位置の社殿よりは多少日当たりの良い参道にある木の鳥居。 これもまた脚元が水気を帯びて黒い。 石の鳥居でも水分が増すのは変わらないのだろうけれど、木の方が色の濃淡が激しいので替え時を心配されそうな見た目。

柱の下

花山神社(安芸高田市)は山の麓。 こちらの社殿も床下が開けている。竿の置かれている所よりも下の石も露わ。 場所柄、柱の根元が湿り気を帯びて黒っぽい。

床下延長

神殿の床下に、たたんだ脚立を置くくらいの空間がある。 前方の拝殿側にも水平に空間があれば、長い竿などが置ける。(神辺町)

台座のよこ

前面に拝殿などをもたない小さめな神社では、台座とその周りがすぐ目に入る。わざわざ後ろに回りこむことがなくても側面に何かが置かれているというのは分かる。 長いものは物置にあったりするが、立てかけられる物なら階段なり箒なりの置き場になる。*1 観…

鞆の力石

鞆の港に近い住吉神社にも力石三つが置かれている。 すぐ背後は民家で、右脇と正面に道がある。 社殿の台座の右側、道行く人から玉垣越しでもよく見える位置に立てかけられている力石。平成12年に市の重要文化財に指定されている。 同所の説明文に、鞆の力石…

竹原下市の住吉神社

竹原市の本町、本川に面した街区に鎮座する住吉神社。鳥居には「住吉大神宮」。 細長い境内の奥、神殿の台座裏に三つの力石が立てかけてある。注連縄を張ってあって丁重な扱い。 奥だから人目に触れにくいかと思ったら、裏の通りにも入口が開いている明るめ…

西国寺にある力石

文字の刻んである力石が置かれている状態は「石碑」と見なせるだろうか。仰向けだとそれらしくないので多少立てかけてあれば。 西国寺の境内にも力石が移されている。西浜東浜それぞれにあった石がそれぞれ山の上に。 不動堂と毘沙門堂の前にいくつもごろり…

山に上がった力石

千光寺山の上の尾道市立美術館にも力石が野外展示されている。 もとは麓の住吉神社にあったもので、「荷物の積み込み積み降しをしていた浜の仲仕連中がこの石をさし上げて力くらべをしたものです」などの説明が添えられている。 立てかけられたりはせず、仰…

博物館両脇

博物館が郡山城(のもろもろの史跡)への入口ということもあって、建物正面東側は案内図や道しるべなどが固めて設置してある。 ほか、司馬遼太郎文学碑があるなどするものの、西の庭園の起伏と比べると広々して物が少ない所。 垂れ幕のすぐ下に「力石」が置…

横長掲示板

企画展の特大ポスターは表の道路からよく見える位置に設置された。建物全景といっしょに写しやすかったり、背後の駐車中の車が収まって写しにくかったりする。 平成20年までは植え込みの中に立てられた杭が横長の看板を支えていたが、翌21年にはガラス戸の掲…

正面横長

同じ案内図で同様の横長の建物アイコンに歴史民俗資料館がある。現在は博物館。 こちらは建物の外観を忠実に地図上に載せている。

神社のシルエット

多治比川をはさんで向かいの藤杜神社はもと「小早川隆景屋敷」のあった所。 案内図上では横長の建物の絵で表されている。実際の建物では神社の拝殿がそれに近く、それを横長にすると屋敷らしく見えなくもない。 または同じ案内図の寺院の絵との区別がつきや…

寺とアイコン

吉田の市街地の中、寺院に入る道の口に文化財の説明板が設置されていて、この先のお寺の中にこれこれがある、という道しるべでもある。 福泉坊には親鸞上人坐像と大銀杏があり、高林坊には銅鐘があるという具合。 全体の案内図でも寺院とともに鐘と仏像と樹…

鳥居のさらに手前

そういう重要さから、「銅製梵鐘」の名で広島市の重要文化財に指定されている。 ということのアピールは麓の参道入口に大きな看板になってあらわれる。こちらに限らず、金属回収をくぐりぬけたというエピソードも付随しやすい。

鋳直された鐘

石灯篭や玉垣は破損したりした部分を新しい石に入れ替えることで新旧の材料の混ざった状態があらわれる。 火災のあおりで鐘が破損してしまった後、もとの文様や銘文をそのままに鋳直されると、もとの「元亀三年」と新たな「延宝五年」のように両方の紀年銘が…

新旧入り混じる参道

map:x132.5288y34.5375:hybrid:w450 南向きの正面の参道がそういった時期に集中して整備されているのに対して、 西側の参道に並ぶ石造物は年代の幅が広い。 三入神社とは呼ばれていなかった頃の、「八幡宮」と刻まれた(文化か弘化か)江戸時代の石灯籠が一…

昭和6年から9年

社殿の段のすぐ手前の狛犬は昭和6年、 参道石段あがってすぐの狛犬は昭和9年、というふうに奉納の時期に少し年数の差がある。 その間にも、「昭和七年九月本社正面参道並ニ石階段ヲ起工シ仝八年十月竣工ス」という参道整備もあり注連柱奉納もあり、階段途中…

大正11年セット(三入神社)

その玉垣の載っている石垣も含めて、壇上の石造物はどれも大正11年の奉納。 鳥居も灯籠も手水鉢も「大正十一」という文字列の力強さを背に秘める。

大正11年の玉垣

三入神社拝殿正面の玉垣は横一列だけに連なる。 大正11年の奉納で当時の「三入村軍人有位勲者」の名が並ぶ。 「正八位」「勲八等」などが頭に刻まれている。企業名や屋号が入り混じることのない整然とした文字列。

強い禁止

拝殿への立ち入り禁止を徹底すると、施錠だけでなく防犯設備が追加される。 監視カメラはよくあるし、抑止としての注意書きも珍しくない。 さらに高圧電流が施される場合も(平成21年 三入八幡)。

立ち入れる範囲

可部の尾又神社*1のように境内自体に立ち入り制限がある場合は稀ではあるけれど、 社殿の手前や奥に柵なり扉なりの何らかの仕切りが置かれれば、そのまま通るところではないと伝わる。 拝む場所が土足で入れるか*2、靴を脱ぐか*3、そんな違いが拝殿の作りで…

遊び場としての境内

太田川総水神こと長束神社境内にも子供向けの注意書きが見えた。(平成19年の画像) 境内地(神社の広場)は、参拝者(神社にお詣りする人)のための広場です。 ボール投げなど、危険な遊びはやめましょう。 長束神社 という文面で、公園とは違う目的の広場で…

境内の諸注意(安神社)

神明神社の奥には横長な建物の安神社会館。 イラストつきの注意書きは、石灯籠に乗らないなど、主にそこで遊ぶ子供に向けての安全のための禁止事項。動物にエサをやらないようにという事項も末尾に。 以前の注意書きは大きな字の箇条書きだった。内容は今と…

木の鳥居とその補修

その神明神社の木の鳥居は西条町の個人による奉納。 施工はヤマショウ建設。 最近、てっぺんに鉄板が被せられて補修を受けた。

線路向こうが三菱

企業の沿革の一部を切り取ると地域の歴史になる。 同じく安神社には境内社に神明神社がある。それを囲む玉垣には「三菱広機OB会」「三菱重工工機事業部」を対にもつ。 年月が経ったら三菱の名にピンとこなくなるかもしれない。

安神社入口の幟立て

安佐南区祇園の安神社(おぎおんさん)は東にある参道入口が県道に面している。鳥居や社号碑や注連柱や車止めが密集して正面の表情を形作っている。 ここの幟立ては単なる穴開きの石柱ではなく、竿を固定する金具が平時から取り付けられている。そのわっかは手…

幟立て2対

宇品の神田神社には参道脇に幟立て・鳥居・狛犬が並ぶ。 狛犬と奥の幟立ては昭和32年奉納。地元の企業(マケンとカルビー)の名がそれぞれ刻まれている。個人名よりも人目をひきやすい。 入口近くの幟立ては個人の「日支事変出征記念」ながら、「昭和十二年…