環藝録

写真でつなぐ広島風物記録

転々と記念碑

岩国駅西口ロータリーにある平和記念碑は8月14日の空襲の慰霊のためのモニュメント。 街路樹を背にして駅舎の方を向いた像(乙女の像)が手を合わせている。 bkss.co.jp駅前広場の再開発によって現在地に移ったもので、移転の変遷も台座に表示されている。

岩国駅西口の歩道

駅前ロータリーの周囲の道は広い。 だだっ広い広場ではなく、街灯なり街路樹なりモニュメントなりが点在していて、それによって人の流れが整理される。人によって右側通行だったり逆だったりするけど。 そういう場所はえてして自転車の置き場になりがちで、…

森の隣の二輪

勝鯉の森の前は中央公園の遊歩道内なので、もちろん駐輪禁止。 けれどかつては(シャレオができる前くらいのイメージ)自転車がずらっと並んでいるのが当たり前の風景のように見えた気がする。 今ある自転車は正当な、シェアサイクルの駐輪場。放置自転車が…

残る森

市民球場跡地と相生通りの間の緑地が「勝鯉の森」。カープ関連だけでないモニュメントも並ぶ。 そこにライトスタンドの一部が移設されて残る予定。 www.chugoku-np.co.jp 「幅7メートルのベンチ3段分」が移り、他は無くなって平坦になる。そのぶん、勝鯉の森…

役目を終えた車止め

会期が終わり、撤収中のメイン会場。 「250日間ありがとうございました」の挨拶がゲートの脇にある。撤収作業の車が出入りするので、ゲートの車止めは外されて脇に立てかけてある。

会場内の車

期間最後の三連休中のイベントでは、ライトスタンドとイザナミの前では「高所作業車体験」、三段峡・雄橋前では「多肉植物寄せ植えワークショップ」のスペースとなり、飲食・物販やステージイベントは南東部の広場が使われた。 それらの間の空間は仕切られて…

側面を覆う物

芝生広場と思い出年表パネルとの通路は、中央公園内の園路(資材置場)を脇に見る位置。 メイン会場内から裏手が剥き出しにならないように、葦簀が広げてある。 同様に、というかそれよりは遠慮なく白いパネルで区切られているのが、ライトスタンドと芝生の…

三方から芝生

というわけで今日で終了となった「はなのわ2020」。市民球場跡地のイベントでは最良だったのでは。 イザナミに通じる芝生の散策エリアは、雄橋の脇と「未来に向けた思い出年表」南端脇にそれぞれ上り口の段々がある。 そこ以外には、思い出年表パネルの途中…

イザナミの背後

ライトスタンドの隣の「やまの景」に、全期間を通して姿を見せた「イザナミノミコト」と「三段峡」「雄橋(帝釈峡)」。流水の付近を除いて、小山の上の芝生も散策可能なので、背後から眺めることもできる。古墳のように、比婆山のように。

舞台裏とさらに上

メイン会場の北には旧市民球場のライトスタンドが聳え、その西隣に庭園モニュメント「イザナミノミコト」や「三段峡」が展開した。 その背後の公園内通路は期間中は封鎖されていて、撤収した庭園などの資材が収められている。ライトスタンドは固定の衝立だっ…

秋季の輪

はなのわ2020の秋季会場も来週23日で終了する。 10月2日からの秋季会場は球場跡地内は周回部だけ(と、そこから北に通じる回廊)に植栽が広がる。広場に残るテント・建物はインフォメーションと多目的テントのみ。 春と同じく出入口は南北に開かれているから…

春の芝生と白い屋根

春、はなのわ2020初頭のメイン会場北東隅。 大きな白い屋根のテントは「はなのわステージ」。その隣には飲食・物販エリアのテントも。 メイン会場のイベント期間(3月末から5月末)限りのステージだけれど太い柱に消化器やAEDなど備品も整っていた様子。 予…

防護の屋根の出現

天守閣入口に屋根付きの通路が建てられたのは平成29年末。 当時の企画展は鉄砲の歴史。「外壁等の一部が剥離・剥落する」恐れがあったため設置された。 なので工事現場の仮設の足場のようにパイプとテントシートの通路としてあらわれた当初は「入館や外観の…

拵の展示と踊り場

広島城天守閣で9月半ばから11月頭まで開かれていた企画展が「THE KOSHIRAE(拵)~超・拵入門~」。刀の刀身を守り飾る諸々のパーツの構造と分業と意匠が多彩なのでいつも以上に展示品に目を凝らす。 展示層の次の階が最上階の展望層。この企画展の階を素通…

天守閣前の待機通路

広島城天守閣は入口前に屋根付きの廊下ができて久しい。それ以前は料金を払う受付と入口脇の案内板との距離が近かったし、雨風のある日に料金の用意をする(あるいは行列で待つ)には野ざらしでやりにくい。 廊下があることで、受付手前に人がいても天守閣の…

被爆鳥居の脚元

広島護国神社の鳥居は、広島城本丸にある社殿正面の一基と、広島城跡東側入口(RCC中国放送南)の一基とがある。 城跡内に入る車は必ず(?)潜ることになるのが東側入口の鳥居で、護国神社が旧地にあった時には爆心地から330mの近距離に立っていた。 「広島…

窓の高さのバナー

旧日本銀行広島支店建物はさまざまな展示イベントに活用されている。建物が「旧」で呼ばれるままで地味な存在。市内の土地は「市民球場跡地」のような空間が安定するのだろうか。 今年の展示では、2月に被爆樹木を、11月初旬には広大の被爆建物を紹介する写…

交差点の角の広告

福山駅前の天満屋の懸垂幕は北の壁にあり、駅の方向を向いている。 kanototori.hatenablog.jp 八丁堀交差点の角、旧天満屋八丁堀店は複合商業ビルの「天満屋八丁堀ビル」。 角にあるいくつもの看板が、このビルにどんな店があるのかを示すので雑多な印象。 …

東向きの懸垂幕

閉店してからのキャスパ外壁には当然店内の宣伝は無く、だだっ広い白壁が静かだった。駅前のバスターミナルに向いた面なので、駅のホームよりも広告の効果はありそう。 営業していた頃の懸垂幕に、店内の変わるもの変わらないものの対比があらわれる。 平成1…

広告の無い白さ

ホームの目の前のビルが無くなると、その向こうのビルの広告が目に入るようになるが、これらもいずれは新たなビルの陰に隠れる。 平成21年(西暦2009年)、その時ホームの目の前にあった東武ホテルの広告スペースは空いていた。その隣には日産レンタカー、さ…

ホームから見る解体現場

そして今年の10月末。同じく山陽本線ホームからキャスパ跡地を眺める。 建物がなくなった跡の土地は、建物があった頃より狭く小さく感じる。さらに背後のアイネスフクヤマの高層ビルも高さを感じにくい。

アイネスの周りの看板

福山駅の山陽本線ホームから南口を眺めると、ロータリーを挟んで立ち並ぶビルばかり。 昨年10月時点では、一番手前のキャスパ跡の建物が残っていたが、外壁にびっしりと足場が組まれ、解体準備が進んでいた。 駅に近い側の屋上看板は南の複合ビルアイネスフ…

福山駅ホームのベンチ

福山駅くらいホームが広ければ、ベンチの向きが平行に変わっても三つ四つは横並びにできる。 狭い(危険なほど狭いわけではなくても)ホームではせいぜい2つ並びのベンチでしかも壁にくっつく位置。一人が線路寄りのベンチに座ると奥の席は空いたままになり…

矢野駅ホームのベンチ

その頃(平成20年秋)と今では駅のホームも様変わりしている。 他の駅と同じく(山陽本線よりは少し遅れてか)、ベンチの向きが線路と平行に変わり、やって来る列車の方向が正面となる。 広島駅方面の乗り場では、分散していたベンチがエレベーターと階段の…

駅から元踏切を見る

平成20年初めに矢野駅の工事があり、秋の熊野の筆祭りの頃にはすっかり新駅舎が馴染んでいた。矢野の「かもじ」のイメージを取り入れた黒の建物は、筆の熊野の玄関口のイメージを重ねることもできなくもない(そこからシャトルバスが出てた頃なら)。 駅のホ…

幟も立つ

看板以外に幟も立つ。踏切として使われなくなったとなればなおさら、フェンスの脇に高々と神社(尾崎神社)の幟を掲げても往来の妨げにはならない。 通常は竹の竿に奉寄進と染め抜いた大きな幟が立つ秋、今年は「鎮座五百年」を記念する紫の幟が樹脂の竿には…

増えた看板

住吉踏切の廃止後、線路南側は線路沿いの道路とそれに交わる道のT字路を成している。踏切道を含めれば細い十字路であったところ。 地元小学校PTAによる交通安全の看板が2つあったところに、縦長の看板が加わわっている。それまでの「交通事故多発地点」や…

踏切廃止後

廃止された住吉踏切は当然ながら柵で塞がれ、踏切名や機械も無くなり、雑草が茂っている。 坂駅方面には、県道矢野安浦線の高架が見える。その脚元に「大井踏切」があって、人と車の往来が(特に朝)多い。

最寄りの踏切(当時)

矢野駅が橋上化して自由通路が出来たことにより、駅近くの「住吉踏切」が廃止された。 廃止される前の姿を見ると、遮断機のない小規模な小道で、「とまれみよ」のほかに「矢野駅を通過する列車があります」という、駅構内らしい注意書きも見られた。

平成20年の歩道橋

kanototori.hatenablog.jp矢野駅が現在の駅舎になって橋上化したのが平成20年。 それ以前の駅前は、背後の国道31号から踏切を回り込まなければならなかった。駅舎に接続する自由通路の歩道橋が出来たことにより、矢野の埋立地側からの往来がしやすくなった。…