環藝録

写真でつなぐ広島風物記録

2017-12-01から1ヶ月間の記事一覧

呉市の石材会社

呉市以外の神社で呉市の文字をよく見るなと思って見直すと、 廿日市市の廣田神社の遷宮記念碑と、 安芸区の矢口神社境内社の鳥居に「大成石材店」または「大成石材工業(有)」の名が見える。呉市警固屋の会社。検索すると同じ名前で関東の別の会社が先に出る…

50年の祝い

平和塔や掲揚台の手前に立つ鳥居は、「金婚式記念」の祝いとして奉納されている。金婚に至る冠婚とは軒昂なこと。 向かって右の脚に夫婦2名の名があり、左の脚に願主として呉市の「合名會社 大山盛幸堂」の社名が見える。

米寿と還暦

境内を見渡せば、古稀以外にも還暦記念の敷石があったり、参道の脇の庭園に米寿と金剛石婚の記念の奉納があったりと、古稀から見て年上や年下の節目にも記念の奉納物がある。 個々の祝い事の集積が神社の景観を方向づける。

個人の節目

それら団体の奉納物は何かしらの出来事かその周年を記念しての物と銘打たれる。 個人のまたは一家の奉納物は参道燈や幟立てとなって連なっている。どちらも「古稀記念」。

神馬の台座

平和塔の台座は昭和14年に奉納されたもので、裏面が「一六會」会員の芳名。 台座の経緯を補足する石碑が柵の内側にある。昭和18年に金属回収で「神馬應召」され、昭和27年に「平和塔再建」となる。

講和後の平和塔

参道燈と旗竿と平和塔の三本が並んでそそり立つ大瀧神社。 「平和塔」の揮毫は池田勇人。吉田内閣の大蔵大臣の時。

四年前の街灯

その掲揚台の手前に立つのは参道を照らす街灯。根元にフンの後始末の看板が立てかけてある。 その設置は平成25年12月。境内の奉納物では新しい方になる。それらの連なりの奥に控えるのは「平和塔」。

旗竿と台

今上陛下の即位の礼に関わる諸儀式は平成2年の一年間にわたって執り行われた。 大竹市の大瀧神社参道脇に設置された国旗掲揚台は即位礼と大嘗祭のあった11月の紀年銘を台座にもつ。その年は皇紀2650年にあたる。次代の2年(仮に後平成二年)は2680年にあたる。

大正四年十月

それらの石灯篭は昭和60年のやや新しいもの。今のような車道の参道に整備される前の姿は「御大典記念改道」の記念碑に履歴を残す。 大正天皇の即位の礼は大正4年11月。よそで見かける奉納物なども11月はよく見るが、こちらは10月。

ゼロ災で威光

その瀬田川合流点を見下ろす東の丘の上に鎮座する瀬田八幡宮。 小瀬川沿いの県道から車の登れる坂道がついていて、注連柱や幟が並ぶ。 (株)和木土木による石灯籠は「県道改良工事 全工期無災害記念」として奉納されている。

説明板諸相 小瀬川支流の土木

その隣に立っている「私の一言案内板」という説明板は太田川河川事務所による、河川のその地点の歴史案内文で、広島城跡の本川堤防などにもあった。表面がひび割れた状態になってしまう共通点で印象に残る。 ここは瀬田川河口にあたるので「三分一源之丞・権…

弥栄ダムの下流

大竹市と和木町の境を流れる小瀬川。支流の瀬田川が合流するあたりにカラフルな看板があり、 上流にある弥栄ダムからの放水による水量の増加がサイレンで知らされることを、仮名文字とイラストのみで示している。子供相手だけでなく伝わりやすい。(サイレン…

大竹警察署前

商店街と小中学校の間の街区には大竹警察署がある。 その入口脇の小庭に大石が据えてある。とくに加工や彩色は無く、「交通安全祈願石」の説明板が添えてある。現在の弥栄ダム湖底にあたる小瀬川にあった巨石。

商店街の石

その商店街にもペイントされた石のモニュメントがあちらこちらに置かれている。 犬ありライオンあり大竹和紙工房あり。 駐車場脇の絵は高校生だったが、こちらは地元中学校の生徒一同による。高校は駅の真西に、中学校は商店街の先からさらに西へ。

スペイン風

大竹駅前から南西に伸びる道は大竹駅前商店街。 「スペイン通り」の名もあり、通りの合間にかかるアーチに「SPAIN Ave」の文字。闘牛のレリーフは各商店の看板の上にもある。

大竹駅周辺の諸団体

駅前の県道から分岐する道が駅前商店街に続き、それらの道に挟まれた三角形の土地は公園になっている。そこにも石のモニュメントが彩られる。 植込みの花やベンチが手入れされている。「美化奉仕協賛団体」として5団体の名が刻まれている。ライオンズクラブ…

林立する縦書き

同じく「大竹市暴力監視追放協議会」によって造られた石のモニュメント。 四境戦争の芸州口の戦いを絵と文章にあらわした横長の作品。背後にはライオンズクラブによる地元商店利用を勧める時計台が立つ。 駅前には他にも市や各種団体による標語を掲げた縦長…

天突く鯉

こいこいバス*1のマークなどに使われる鯉のぼりが大竹のシンボルのひとつ。己斐ではない。 駅前のいくつもあるモニュメントの中でとくに目立つのが巨石に描かれた鯉。隣の石碑に説明があり、「一九九〇年に弥栄ダムの工事の際採取された石」を使ってハローの…

大竹駅バス停位置

平成24年に駅前に立ったときは、駅前ロータリーの南の縁に「大竹駅」という古びたバス停標識が立っていて、「大竹・栗谷線」と「栄ぐるりんバス」の時刻表が貼ってあった。過渡期的な様相。 今年見た駅前は、バス停が駅舎正面に集約され、タクシー乗り場の隣…

大竹市山間部への路線

「名所案内」看板に載っているバスの所要時間は、時期的に現在運行されているコミュニティバスのことではないだろうけれど、車での移動時間の目安にはなりそう。 大竹駅前を発車するいくつかのバスのうち、山間部へ向かうのが「大竹・栗谷線」と「坂上線」。…

大竹駅からの距離

それと同種の名所案内看板が大竹駅にもあり、四ヶ所が示されている。ホームの屋根の下に提げてある。 そのうち三ヶ所「三倉岳」「蛇喰磐」「弥栄峡」はバスで行くほどの遠距離にある。 海に近い駅から北の山へと、奥行きのある大竹市の地勢。 近いところでは…

徒歩2分と10分

三次市三次町エリアの名所との距離は尾関山駅からの方が近い、ということが敢えて明示されているのがホーム内の名所案内看板で、 「尾関山公園」と「三次のう飼」の場所への案内表示がある。季節ごとの行楽スポットの代表例の二つ。古い看板ながらも現役。

「駅から散歩」図

平成20年、21年頃やそれ以前のJR主要駅ホームで見かけた「駅から散歩」と題した駅周辺案内図。徒歩の「おすすめコース」が設定されている。 三次駅の場合、まず40分で鳳源寺・義士堂へ向かい、三次町地域の名所旧跡を巡ったのち、30分かけて駅の南の若宮公園…

尾関山駅舎の前後

三江線の尾関山駅は三次駅の次の駅。近世の三次町と周辺の仏閣への最寄駅とはいえ、便数が少ないと利用されにくい。 簡素な造りの白い駅舎は、ホームの側に下りる片流れの屋根。 駅舎の外側からもホームに上がれそうではあるが、中央にアスファルトの小道が…

線路の向こうの樹々

神杉駅ホームから見て駅舎がある方が北東で、南西には耕地が広がる。さらに奥には高杉の集落。 三次方面への乗り場が南西側。線路を挟んで松や棕櫚や小ぶりな樹々が植えられている。遠くの眺めは遮らない程度の密度で。

神杉駅の灯籠

駅舎の脇に作られた小さな庭は、無人駅の片隅にもちらほら見られる。 芸備線の神杉駅は風土記の丘の近く*1。瓦葺きの駅舎は「コミュニティホーム」と呼ばれる。通り抜けると島式のホームに通じる。 ホーム側から駅舎を見ると左手に石灯籠状の石積みが植込み…

バス停背後の庭

邑南町の白いおおなんバスも停まる。駅に近い「バス1」のラインにいる。 バス停と駅舎の間の空間には、植込みや石橋のある小庭がある。池に水は無かったような気がする。

駅前のバス乗り場

石見川本駅前のバス乗り場は各路線バスの集まる所。停留所標識は駅を出て右手にあり、大きめの時刻表は入口左右に掲示されている。 停留所前に白線で四角が3つ書かれていて、駅に近い方から「バス1」「バス2」「バス3」と表示されている。 画像を検索すると…

川本町営のバス

石見交通のバス停として設置されていても、現在の路線は石見銀山方面を結ぶ便か高速バスに限られる。駅内の表示板も余白が多く、 隣に掲示されている町営バスのほうが三方面の路線を持つ。 バス停の時刻表には「川本町スクールバス」とある。 「川本町地域公…

石見川本の場合

粕淵と同じように駅前に石見交通のバス停のある石見川本駅。 「つぎは」の下に「石見大橋」と「中新町」両バス停が表示されている。粕淵駅や相生町のような左右の両矢印ではなく、上方向から出た二本の矢印が左右に曲がっている。 現在の路線からすると、石…