環藝録

写真でつなぐ広島風物記録

私事

資料に残る故人の関心

廿日市町史 資料編 2 (近世 上) https://id.ndl.go.jp/bib/000001230655 は、廿日市町時代の範囲の近世村ごとに関係文書を排列した資料集で、検地帳や地詰帳、国郡志御用につき下調べ書出帳などの史料から近世の村勢を探る手がかりとなる。 村ごとの史料の前…

登山口のひとつ

太い矢印に「高松城跡 本丸登山道」と書かれた札が木に括ってある。これを見かけたのは15年以上前のことなので、現在の登山道の様相は土砂災害を挟んで大きく異なると想像する。 多分土居屋敷付近からの登山道だったという曖昧な記憶でもある。高校時分、そ…

15年前のはてなダイアリー

kanototori.hatenablog.jp 原村役場跡の記事を載せたのは平成19年2月21日。その前の日のエントリは「岩神渡し」。巴橋の架かる馬洗川の岸に立つ石灯籠にその名残を見る。Google マップでは「厳島神社跡地」となっている。 はてなダイアリーを始めて数年は、…

献花されたあと

その豪雨災害の同年12月3日と4日、(先の)両陛下の広島行幸啓があり、安佐南区の被災地、平和記念公園、原爆養護ホームへのご訪問がありまして。 ので、平和記念公園へ向かったけれど、ちょっと遅かったので人だかりと白菊の花束を見て帰りましたとさ。

はてなダイアリーからの移行

この日以前の記事は、はてなダイアリー『看藝累記』*1にて更新していたエントリをインポートしたものです。 一部表示内容に不備*2がありますがご容赦ください。 *1: http://d.hatena.ne.jp/kanototori/ *2:「本日の1枚」が本文と離れて別の記事に分かれてい…

脚のうねり

鳥居の脚を円筒状に加工せず幹そのままを使う例、大鳥居ほどの巨樹ではないが、 ほかの神社でもたまに見かける。 向原町の泣き別れの近く、八幡宮の参道入口の鳥居の規模は普通ながら、右へ左へ波打つ幹。それを貫く加工された木と鉄の横木。警固屋の高烏台…