2016-10-01から1ヶ月間の記事一覧
そのうちの片方、「奉寄進」とある石灯籠の背面には文化7年(庚午)の紀年銘がある。下記『芸藩通志』の頃にはまだ新しい存在。 治功神社 同村にあり、吉川興経を祭る、初め光明神、又穏宥明神、霊社明神、鉾垂明神などゝ、屢神號を改ぬ、(略)
治功神社の社殿正面にある2基の石灯籠は、左が「備光」、右が「奉寄進」と刻まれ、右より左の方が笠石の剥落が目立つなど、間違い探しのように不揃いな形をしている。
龍山八幡神社の本殿は中世の建築で国指定の重要文化財。 参道の石造物、狛犬や石灯籠はどれも近現代。 浮彫や格子の飾りのある火袋がいかにも新しい。境内社の治功神社参道の石灯籠の古めかしさと並んで際立つ。
八栄神社にも、同じく大朝の龍山八幡神社にも、社殿左隣に戦没者慰霊碑が置かれている。 「慰霊」にしても「忠魂碑」にしても、その名を刻んだ巨石を中心にして台石や木石の垣が周りを固める。 正面左右に構える石灯籠は、参道脇のものよりも一層脇役に徹し…
石段の途中、大ヒノキを脇に見るあたりにも石灯籠が一対。入口側に「献燈」の字を向け、内側に願主の名を見せる。 石段の先、鳥居を抜けて拝殿前の参道脇には狛犬と石灯籠が各一対。 狛犬の後ろに位置する燈篭にとっては、入口側を見せる重みは低い。 円筒状…
大ヒノキで有名な大朝町岩戸の八栄神社。 まっすぐの石段の入口に鳥居と社号碑と石灯籠が揃っている。 こういう位置にある石灯籠なら、見せる面は正面だけで、「献燈」の字だけでなく「御即位記念」も正面を飾る。 さらには火袋の穴も前後に筒状に空いている…
安佐南区西原の冬木神社*1には境内入口に「奉燈」の字を向けた石灯籠がある。 大きめな穴の空いた火袋と、それを上下に挟む平たい石。 背面には階段状に段差をつけて据えられた角柱状の石。 これを上って明かりを灯せば、周りが田畑ばかりだったころなら遠く…
実際に一組のものとして道の両側に置かれた石灯籠は、どちらも同じ形をしていないと落ち着かない。綺麗に整形された対称の脇役(参道の奥の建物が主役) それらと比較して、一基だけ置かれる不整形の石灯籠は、どこかの境内であっても、参道の脇であっても、自…
稲荷の赤い鳥居の脇と、金比羅の木の鳥居の手前にそれぞれ大きめの石灯籠が一基ずつある。 どちらも昭和59年4月に納められたので、境内全体から見て一対の灯籠のよう。片方は丸みを帯びて苔も丸く、もう片方は角ばって多面体の長身。
古保利薬師の収納庫の後ろ脇には、稲荷・金比羅の小祠が控えている。寺院境内の最後部であるとともに、山林中に点在する古保利古墳群の入口でもある。 案内図には主な古墳が載り、確認されただけでも53基という。
その石棺は氏神正田遺跡で見つかったもので、身長158cmの熟年男性の人骨も残っていた。 ということを記す説明板が石棺の奥(境内入口から見て)に立ててあり、字が薄くなっていることもあって読みやすくはない。 千代田町八重の盆地の東に「氏神地区工業団地」…
北広島町の小保利薬師(福光寺跡)は県内屈指の平安仏拝観の地。 その収蔵庫隣に一基の箱型石棺が移築されている。側面の石はほぼ土の中で草や苔に包まれて、さらに生垣が囲っていてあまり目立たない。
それと同じ囲いの中に、「池の内第2号古墳」の竪穴式石室もある。 安佐南区長束にあった古墳の埋葬施設で、長束・祇園・山本の境に近い丘陵上にあった。 古墳時代 - 広島県ホームページ 三次の歴史民俗博物館は同古墳の家型埴輪を所蔵している。
それらの石棺と園路を挟んで向かいにある大きめの移築遺構は、安佐北区の上小田古墳で見つかった組み合せ式石棺。大きさと配置からして移築物の中心的存在。 木の囲いで見えにくい角度かあるものの、側面の石とは別に奥に置かれた蓋石の大きさが印象的。
その隣にちょっと奥行きを持って並んでいる石棺が二基ある。 説明板に「箱型石棺(佐久良墳墓群)」とあり、「さくら」と振りがなもある。 佐久良遺跡 丘の上に箱型石棺10基・土壙3基が調査され、人骨9体も見つかったことで地元の注目を集めた。 その内の2基…
中庭の中心部ではなく、通りに近い所にある石棺は、居並ぶほかの石棺・石室よりも低い位置にあって小ぶりに見えるものの、三次市向江田の権現第2号古墳の石棺の中では最大のものが置かれている。 行事のご案内 「中国横断自動車道尾道松江線建設事業」のため…
大学造成の際に見つかった各種の遺跡のうち、説明板を設けて路傍に見せる形態をとっているものはごく一部。当然ながら発掘当時の写真のように遺構がくっきり見えるわけでもなく草に覆われてしまう。 よそにあった遺跡から石室・石棺などを移設して展示するほ…
鴻の巣遺跡のあるあたり、大学敷地の西北部が「鴻の巣」という地名のようで、中央部の池に下る手前の「鴻の巣南遺跡」や、西北端の「鴻の巣北」遺跡などの広範囲。(山林だった頃は広く感じなかったかも) 鴻の巣南遺跡の説明板で大きくとり上げられているのは…
広島大学のデジタルミュージアムにある文化財博物館で、広島大学構内の遺跡の詳細を一部知ることができる。 広大デジタルアーカイブス 学士会館近くの緩斜面に分布するのは「鴻の巣遺跡」。旧石器時代から中世まで各種の遺構や遺物がある。 説明板は階段の脇…
そういった起伏のある土地に建てられた学舎は、多かれ少なかれ水平に均された土地の上にある。 学士会館横の階段道は土の斜面が迫る。 草木の無いむき出しの土の壁は、「70〜50万年前の地面の化石」を展示するスペースとなっている。 横長の説明板には、西条…
広い大学構内、車道や自転車道に比べると、歩行者のみ通れる道は幅も舗装も勾配も多様。 ウォーキングコースを案内する立て札がジグザグの線で階段の道(路段)であることを示していたリ、建物と斜面の間に階段が長く続いていたリ、池の周りの遊歩道が擬木の…
ゲート2、文学部の建物の北に接する辻にある案内図には、内側の「歩行者ループ」と外側の「自転車ループ」が載っている。 そのうちの歩行者ループを学内の全体図に抜き出したのが下の地図。どちらの道も周囲の各ゲートに通じる道を持っているので、ループを…
その学内の通りの地図を見ると、12箇所の名前がついている。 そのうち5箇所には括弧付きで別名もある。 「アカシア」「けやき」「いちょう」「かえで」といった樹木名に加えて「タワー」もある。 括弧付きではないほうの名前に東西南北や「学び」「出会い」…
広いニュータウンで通りに愛称が付けられるのと同じように、広い大学の構内の道にも愛称がある。案内するときに使ったりするのだろうか、施設名だけ伝えられて案内図を眺める場合の補助線にはなりそう。 通りの名を示す看板は、左側に名前と両矢印があり、右…
県道194号、西高屋駅の北を進むと右手の丘に高美が丘団地が広がっている。 「きつつき通り」と表示された縦長の看板と、「ハイライフグリーンロード」と表示された銀色の看板が街路樹の中に立っている。 道路に平行ではなく垂直に面を向けて、県道にいる人に…
車道と歩道の間に立つ横長の標識は、そこの通りの名前を表示している。 左右の端が尖っている所は通りの途中。片方だけ矢印になっている所は通りの起点の交差点。城南通りは西区の中広が西の端。
宮島口のフェリー乗り場へ向かうと、向かって右手にJRのフェリー乗り場が、左手に松大汽船のフェリー乗り場があるので、それぞれが自分の方の乗り場へ誘導する看板を置いて集客につとめる。 乗り場へ向ける矢印はひたすら同じ方向へ向けていくつも大きく表示…
これもまた、高低の移動を示さない矢印。 広島駅の北口で、1階にいるときの案内表示は東側を見て奥へ行くか手前に向きを変えるかの二種類の矢印。 2階の改札に上がるためのエスカレーターのある方向への矢印に「2F」と添えてある。地下自由通路の矢印も下で…
山の上下の道しるべではわざわざ矢印を斜めにしなくても、指し示す目的地が上にあるか下にあるかは了解済みのこととしてよさそう。 中区の町中の地下道にある案内板も同様に、地上にある目的地を斜め上で表したりはしない。
城跡や山寺や公園など、山の中を巡る道で目的地を案内するのは、古くは石や木を立てて字を刻んだり書いたりしたもので、新しくなると金属や樹脂製になって色や材質によって目立ちやすくなる。 雰囲気を気にすると、木製でなくても樹木らしく見せる色や形に合…