環藝録

写真でつなぐ広島風物記録

2022-11-01から1ヶ月間の記事一覧

五月の花の帯

(平時の)フラワーフェスティバル期間中も原爆ドーム前は賑やか。平和大通りからはやや離れているので、会場に向かう人か帰る人かの流れが絶えない。 橋の上から見るドーム前は植え込みのツツジが帯となる。ドームと護岸の石の色に挟まれて花の色が目立つ。

元安川増水時

相生橋から原爆ドームの方を見ると川岸に下りる階段(雁木)がある。 橋に近いほうの階段はテラスに下りる。この高さなら満潮時も水面に達しないことが護岸の色から伺える。 それでも大雨で増水すると危ない位置になる。上は平成27年12月、ゆったりと流れる…

航路の先のさらに先

原爆ドーム前の元安川に遊覧船乗り場があり、乗り場に降りる階段の手前に「宮島・岩国周辺案内図」があった。左下隅に「平和記念公園・周辺案内図」もある。 平和記念公園から「ひろしま世界遺産航路」が点線を描いて宮島へ通じる。 案内図の示す範囲は宮島…

文化の道の点線

空鞘橋西詰交差点にある案内図は、空鞘橋周辺よりも南東の市内中心部を詳細に載せている。横川方面から橋を渡る人に主な施設の方向を指し示す。 昨年見た時点でも旧市民球場が「広島市民球場」と表示される地図。原爆ドームから点線が延びて球場の西を横切る…

新たな歩道橋

歩道橋をつくっていますという工事の看板があるのがファミリープールとグリーンアリーナの間の道。歩道橋ではなくもっぱら地下道で結ばれていた中央公園一帯。 南北の道が通行止めとなり、城南通りの歩道も車道の路肩に迂回。サッカースタジアムへの連絡通路…

西蟹屋の歩道橋旧状

平成22年、はてなハイカーのオフ会で歩いていた大州通り。 その頃はベスト電器の建物はビックカメラが入っていた。 西蟹屋の交差点東にある歩道橋は、現ケーズデンキと小学校の間を跨ぐ。 平成30年の年度末に歩道橋の補修工事があり、外観の錆はすっかり見え…

荒神町バス停

荒神橋の東詰に荒神町があり、東に隣接して「西荒神町」「東荒神町」の街区がある。、 さらに東が西蟹屋で大正橋の東詰にあたる。この西蟹屋交差点近辺のバス停は「荒神町」。ほかにも「荒神」の名前の小学校や保育園が西蟹屋にある。

橋名が白い

広島駅の南を流れる猿猴川には駅前大橋・猿猴橋・荒神橋が並んでかかっている。 荒神橋は現在の路面電車のルートにあたるので中央に線路があって幅の広い橋。欄干と親柱が古びていても現役。 横川橋の親柱以上に、橋名を刻んだ石が白く目立つものの、読み取…

北詰に親柱

横川橋を西隣の横川新橋から見ると白い欄干が側面を覆っている。 右手の寺町側に遊歩道は無いが、左手の横川町側には川に面した2台のベンチがある。 昔の横川橋の親柱をベンチの傍らに据えて保存してある。

天満川起点

横川橋から東を見ると本川が左から右へ流れている。 その本川から西へ分岐する天満川が、横川を経て広瀬と中広の間を流れる。 国土交通省(建設省の表示に貼り重ねられている)の「天満川」の看板は分岐点近くの左岸、寺町の方の緑地にある。緑地といっても…

横川橋の南詰

はてなダイアリーを始めてから十六年経過。その頃は可部に居たから可部の写真が多く、今は市内だから市内が多い。過去の市内の写真の持ち合わせが少ないのを惜しいと思うものの、世の中にある写真は市内の方が郊外より多いとなれば珍しさは減ってしまう。そ…

川岸に降りそうな坂

中広大橋の西詰、中広町側の欄干は平仮名の橋名板「なかひろおおはし」が付いている。 堤防の柵と欄干の間に隙間があり、細い坂のようになっている。 坂の下には上流に続く道は無いので遊歩道に利用される道ではなさそう。

中広大橋

城南通りは天満川で中広大橋を渡る。東岸が広瀬で西岸が中広町。橋名板の脇に取り付けられた住居表示板は手すりに沿って先端が丸い。 橋の欄干が堤防に沿って広く先端を広げるので、橋名板は橋を渡る前からよく見える。橋の上にいると、その裏側の「竣功 昭…

中広のバス停

中広町バス停 - 環藝録 中広交差点の北には「中広二丁目」バス停が、東には「中広町」バス停がある。 住居表示では「中広町○丁目」なので「町」を含めるのが正しいが、無くても他と誤認しない上に読み間違いを防げるなら省かれるのもやむなし。 平成28年当時…

中広交差点の北

kanototori.hatenablog.jp 駅伝のコースとなった区間は交通規制を予告する立て看板が現れて一月の後半を知らせる風物詩となる。 写真は平成28年。 最終区間が駅前通り・城南通りを経て中広通りで南へ曲がる。中広二丁目バス停から見て南の中広交差点への交通…

人だかりと幟

平成31年の都道府県対抗男子駅伝。 スタート・ゴール地点の平和記念公園前に大勢の観客や関係者が集まって黒い塊になっている。いまならマスクで白っぽさが増しそう。 そんな中で都道府県ごとの幟が人より高い位置に持ち上げられていた。代表選手を応援した…

幟と木の林立

平成21年1月の半ば、橋の向こうから少し離れて大願寺を眺めると、やはり九本松は手前の松に隠れて目立たない。 この時期はイチョウが葉を落としているが枝の白さに存在感がある。そんな中で彩り豊かに幟があちこちに立ち並び、弁財天や不動明王をアピールす…

九本松の周り

平成19年当時、まだ九本松が大丈夫なように見えていた頃*1、フェリーから大鳥居を眺めたその背景に含まれていたけれど、特に他より高い松でもないので目立たない。 近くから、大願寺境内全体を眺めても、近くにはさらに高い松やイチョウがあるので隠れていた…

伐採の跡

宮島の大願寺九本松は令和2年末から3年初めに伐採され、切り株と囲いを残して文化財の説明板は伐採の経緯の説明板に置き換わった。 下の写真は平成19年のもの。

公園の木の断面

これも十数年前、比治山公園内の桜の木に囲まれた遊歩道。 広場内に向かって伸びていた枝や幹が伐採された後、木の切り口に「タバコステナ」と白い文字。「ステナイデ」だろうか。

学内のベンチ(平成21年)

とある大学の構内設置のベンチ。簡素な青いベンチと四角い灰皿。 平成21年当時はまだ普通だったか。

灰皿流転

広島城本丸の東の出入口付近。池田勇人像がある堀端の緑地には、石のベンチが点々と木々の間にある。 立つにしても座るにしても、思い思いの場所でくつろぐ場所ではあるが、灰皿は移転しており、もと灰皿のあったあたりは禁止の表示が塞ぎ、吸ってもいいベン…

堀に向かうベンチ

9月の時点の工事区画では、内堀に接した遊歩道は迂回路として残り、その遊歩道に面したベンチ四つも利用可能だった。最大12人か8人か。 すぐ背後が工事中で落ち着かないかもしれないが、市街地や地下街のベンチはたいてい人目が気になるもの。

内堀外周

工事のため通行止めとなりフェンスに囲まれた一角に被爆遺構の説明板が立っていた。 「中国軍管区司令部・第59軍司令部跡ほか」と題して広島城内堀外周一帯の軍施設をまとめて紹介してある。写真は内堀のほぼ全体が写された被爆後の状況。外堀の外周には三の…

三の丸に出る地下道

県立総合体育館交差点は祇園新道と城南通りが交わりバスセンターの出入口でもある。歩行者の移動は地下道による。 交差点の北東部が広島城三の丸のうち二の丸に通じる御門橋の正面広場。 8月27日には公衆便所が使用禁止となっている。 工事中のサッカースタ…

角地が更地

さらにその東、内堀の角に接する長方形の空間は「広島市中央バレーボール場」だった所。 三ノ丸の整備で観光バス駐車場の移転先となるため更地となり、交差点から堀の向こうの本丸がよく見える。 下の写真は平成21年に天守閣から南東を見下ろしたもの。木に…

堀端の松

城の中でも外でも、松の木は城らしさを引き立たせる背景に使われる。 広島城内堀の南東隅、三ノ丸跡は城南通りが東西に貫く。通りと堀の間の緑地に松が並ぶ。通りから城が見えなくなるほどではない空間を保って真っ直ぐ伸びている。 「植樹 302-w4第15回年次…

松のコモの白さ

梅林に梅が咲き誇る同じ時、松の木にはコモが巻かれて季節感がある。 林立する松の中を白猫が歩く。花に紛れたりコモに紛れたり。

梅の赤の地面

縮景園の梅林の梅は赤いのも白いのもある。猫も白いのもそうでないのもいる。 柵に囲まれた林の中の地面はうっすら緑。赤い花びらが木の根元に散り敷いて赤い丸を描く。

濃い赤の梅

同じく樹木配置図の梅の品種一覧には、植えられた位置が書かれているものもある。 113本もの梅がひしめく梅林に黒く目立つ石碑と、その背後で目立つ濃い赤の花。一覧にも「中咲き・八重咲・梅林行啓碑裏・売店入口各一本」とあるのが「鹿児島」。