環藝録

写真でつなぐ広島風物記録

2011-10-01から1ヶ月間の記事一覧

安東横断歩道橋

アストラムラインの、駅のある場所であれば、駅に登る通路が歩道の両側を結ぶ陸橋を兼ねる。 駅のない場所で道路を横断する場合は、横断歩道もしくは地下道(上画像:長寿園地下道)もしくは陸橋が設けられる。 「安東*1横断歩道橋」は、毘沙門台駅と安東駅…

白島の祇園新道

東西の線路を境にして、南が「西白島」で北が「白島北町」。*1 南北に貫く祇園新道は国道54号で、標識で示される主な市街地は「可部」「三次」「松江」。車線の中央をアストラムラインが通り、地下の「城北駅」からだんだんと地上に上がり高架に変わる。 JR…

西白島の高架

そこから、本川を挟んで東側には、長寿園の県営住宅が川と国道の間に位置する。国道の真ん中にはアストラムライン。 線路を挟んで北に1号棟、南に2号棟と3号棟が立ち並ぶ。 新幹線の高架下の歩道には、橋梁の耐震補強工事のお知らせがあったり、金網内へのゴ…

国鉄の架道橋

旧市町村名同様、「国鉄」の表記が各種の施設や看板に残っていることが多い。 はてなハイクに載せるとすると、そのまま「国鉄」というお題。 国鉄 そのうちの、山陽本線の「第二上東側架道橋」は、広島市西区、本川沿いの歩道を跨いでいる。 それを設置した…

国鉄バス・JRバス

堂願橋バス停の、いくつか貼ってある時刻表のうち、左端にあるのが中国JRバスの高陽車庫方面行きのもの。 それら現行の路線については、当然ながら最新の状態で張り替えられて維持される。 現行時刻表の上部にある古びた剥れかけの案内は、時刻表ではなく、…

堂願橋バス停

堂願橋の下を通るのは「広島市道安佐北2区高陽可部線」で、団地内を通らずに南北に抜ける幹線道路。堂願橋を経てニュータウン内を巡るのは「広島市道安佐北2区光掛亀崎線」。「亀崎」はA団地の、「光掛」はC団地内の地名*1。 広島市道路交通局 路線網図提…

堂願橋

高陽ニュータウンのA・B・C団地と分かれているうちのA団地は、真亀山・恵下山の連なる丘陵上にあるA1住区と、西山・亀崎のほうのA2住区に分かれる。 map:x132.519107y34.485954:satellite:w400 二つの丘陵の間の北に下る谷は、「堂願」*1という字名なので、…

A団地とB団地の間

恵下山の南を東西に通る道は、西は玖村陸橋へ、東は高陽中央通り(県道37号)*1へと通じる。 西から見た標識では、直進が広島三次線で、左折がA団地で右折がB団地という、高陽ニュータウン内の位置関係を案内する。現在の真亀三丁目あたりに「真亀山」「真亀…

恵下山トンネル

恵下山の南麓と、北に広がるA団地とを結ぶ道が、「恵下山トンネル」で、住居跡の下のあたりをくぐる。 恵下山トンネル 1975年3月 広島県住宅供給公社 延長128.5m 幅10.7m 高6.2m 施工 株式会社間組 トンネル入口脇のプレートで概要が知れる。「1975年」昭和5…

説明板三様

広島県の文化財 - 恵下山・山手遺跡群 「恵下山・山手遺跡群」は古代の集落跡と中世の城郭跡からなる。現地にある説明板にも、全体の説明もあれば要素の説明もある。 史跡碑と同時期に置かれた「恵下山住居跡群」の説明は、もっぱら住居跡群(5戸分)を詳細…

恵下山・山手遺跡群の史跡碑

案内図にもあるように、広島県指定の史跡「恵下山・山手遺跡群」の碑は、広場と山道の境の路傍にある。 両遺跡は、高陽町玖の丘陵上の住居跡で、史跡に指定されたのが昭和49年4月。背面に県と市の教育委員会の名が並ぶ。昭和48年に高陽町が広島市にされてい…

二つの展望台

そして恵下山公園(恵下山桜公園)の案内図は「高陽高校美術部一同」とある。「一同さん」という人ではなさそうである。 南東部の入り口から広場を経て、山の中の遊歩道が復元住居や城跡展望台を結ぶ。 太田川に面した位置にある展望台からは八木方面が、高…

恵下山公園と高陽高校

城山の対岸には恵下山があり、古代住居跡と中世城郭跡を含めた「恵下山公園」が整備されている。 北の展望台の眼下には高陽高校の敷地があり、さらに向こうには可部の町や高松山が見える。 広島県立高陽高校〜Hiroshima Prefectual KOYO Senior High School …

八木城跡の山容

八木城跡については、 八木(やぎ)城跡 「広島市未来都市創造財団文化科学部文化財課」のページに概要がある。 北東部の山頂と南西部の山頂や斜面に郭が連なっていて、南西部の頂部*1に水源池があるため、北の「城山北中学校」方面からの道路が伸びている。…

城山の南

高瀬大橋北バス停の北東には城山がそびえる。南麓の小字は八木城に関わる地名「上土居」「下土居」が残り、西隣の「市」とともに中世の香川氏の拠点となっていた。*1 高瀬堰のすぐ上手西岸に八木取水場の取水口があり、さらに緑井浄水場へ送られている。 取…