環藝録

写真でつなぐ広島風物記録

地名

最寄りの踏切(当時)

矢野駅が橋上化して自由通路が出来たことにより、駅近くの「住吉踏切」が廃止された。 廃止される前の姿を見ると、遮断機のない小規模な小道で、「とまれみよ」のほかに「矢野駅を通過する列車があります」という、駅構内らしい注意書きも見られた。

駅前は矢野西

矢野駅は矢野の中心部*1からはちょっと西寄りにある。 住居表示の「矢野西」の中では東寄りで、矢野全体で言えば真ん中ではある。埋立地や住宅団地が広がった状態で見ると「西」らしく見えず「中央」っぽい。 *1:区役所の出張所や郵便局あたりを中央としたと…

駅前と中央

広古新開は新広駅の駅前とも言えるが、その一部でも「駅前」を地名として名乗るには歴史が浅く、なにより広駅の北に「駅前」があって近すぎる。*1 竹原駅前の場合「中央」が駅前に広がり、大野浦駅は「塩屋」あるが比較的新しい「大野中央」は駅前よりも東の…

広古新開8丁目

区画整理事業が進み、広古新開7〜9丁目は川の角度に沿った直線的な街区に統一された。 kanototori.hatenablog.jp 平成28年には新街区に合わせた住居表示の変更が実施された。 既存の番地が1から13まで千鳥式に振られていたのを廃止し、郵便の誤配を防ぐため…

三篠町

横川町は横川橋付近の一丁目から横川駅周辺の三丁目までの、南北の街道に沿った街区。 その北、「三篠町」は「みささまち」で横川は「よこがわちょう」。広島市合併以前は横川も含めて「三篠町」という一つの自治体だった。この場合は「ちょう」か。

横川町1から3丁目

横川新町は横川町よりは新しい。けれど横川町(1丁目〜3丁目)も近世まで遡るほどには古くなく、城下町の外の村の一部が発展してできた街。 「横川町」という自治体があったわけでもないので「町」をつけて呼ばれ慣れない。

横川新町バス停

横川駅前の(主に)4番乗り場から出発する西方面への路線バスは、次に「横川新町」バス停にとまる。 屋根付きのバス停で時刻表の掲示板も広告スペースも広々している。時刻表の貼り方も余裕があり、四つの路線にABCDと記号を振り、主な行き先の略図を示して…

フレスタに近い方の乗り場

駅前ロータリー内の横川駅前バス停は方面別に四つの乗り場と一つの降り場がある。 乗り場の番号と行先の表示は、通路上の屋根から吊り下げられている。 広電バスの4番乗り場は西風新都方面が中心で、仁保や観音の路線はラッシュ時に限られる。土日にここで待…

横川一丁目も駅前

横川駅前交差点の南にも「横川駅前」バス停があり、路面電車の「横川一丁目」電停の近くにある。 バスイットでは「横川駅前」の7番乗り場として表示されるが、 busit.jp 現地のバス停名や、広島バスの案内では「横川一丁目」の名称。 降り場としての利便を考…

横川三丁目も駅前

「横川駅前」のバス停はロータリー内だけではなく駅前交差点の東西や南にも広がっている。 東のバス停は商店街の向こうにあるのでより遠くに感じる。市内中心部方面に向かうこの乗り場は、安佐北・安佐南からの各社のバスが頻度多くやってくる。 同じ場所で…

西条の本町

「西条西本町」のように「西条町」を冠した住居表示は板いっぱいに文字を使う。それでもローマ字表記を差し込む余裕はある。 「西条本町」は「町」がつかないので若干短めの表示。ローマ字表記の無い頃のものは下の空白が広いが、当時は違和感はなかったのだ…

東広島市の住居表示板

東広島市の場合、合併以前に住居表示板が設置されていたわけではないので初めから東広島市の住所を表すけれど、 「東広島市」という文字は無くてただ現地の街区名と番号があるシンプルなもの。将来的に東広島市以外になるとも思えないけれど。 同じ市の中で…

「呉」の追加スペース

呉市音戸町の引地(ひきじ)は音戸大橋たもとの街区。 住居表示板には頭に「音戸」があり、「呉市音戸町引地」になってからは「呉」が音戸の上に貼られている。 呉市中心部の「中通」のような、元々呉市の街区には「呉」の字が広々と収まっている。 kanototo…

新旧の長短

そのように、広島市の住居表示板の古いものは振り仮名の存在感が強くて町名の漢字が中心に来ない。 ローマ字表記が加わって長くなったタイプでは、漢字が中心に置かれて振り仮名が接近している。他地域の古い物が振り仮名もローマ字も添えてないタイプだった…

住居表示の振り仮名

立町のと同じく、「東千田町一丁目」の住居表示板も補修が施されている。 フチの凹んだところもあるので、一度は外れて(剥がされて?)地面に落ちたことがあるのだろう。そうなると劣化の進みが速いし、元の位置に付け直されるまで漕ぎつけられるかどうか。…

紙屋町の隣の立町

紙屋町1-1の東隣には「立町」の2の街区がある。立町電停を北辺の中央にもち、やや東西に長い範囲の商業区域。 先程の紙屋町の住居表示板の向かいにある「立町」の住居表示板は傷みが激しく、おそらくは文字が薄くなって読めなくなっていた漢字部分に光沢ある…

紙屋町1丁目1番地

広島市の中心部。中区紙屋町は相生通りの南側。 本通駅より東が紙屋町一丁目で、一丁目一番は東端にある。そこから反時計回りに2番・3番と振られている。 住居表示板は古い型のものにローマ字が足されている。

一丁目1番地と2番地

国道185号の須波ハイツ入口交差点から別れる道が団地のある丘陵上に通じる。 交差点の海側に立つカーブミラーは森川観光の寄贈。 いったん南へ進み大きくカーブしてから呉線のトンネル上を抜ける。交差点の角は須波ハイツ一丁目一番地が挟んでいる。旧みはら…

須波ハイツ

須波ハイツの南端は、団地入口のある一丁目。住居表示板に表される地図は北を斜めに向けて海側を下にしている。 住居表示としての「須波ハイツ」は新しく、もとは須波西町の一部。 角川地名大辞典の時点(昭和62年発行)では、須波ハイツは出来ていたが住居…

本郷南の南端

同じく三原市の住居表示板で、比較的新しく施行された「本郷南」。 山陽本線の南側、本郷駅を中心に東西に長い。沼田川沿いの低地が1〜7丁目の街区に分けられている。本郷南としては細長くても、丁目で分けると四角に収まる。写真の「四丁目」は沼田川が南に…

城町二丁目の角

三原駅東西の高架によって北は館町、南は城町と区切られている。 駅前の東側が城町二丁目。東は川が境。 正方形に近い区画が住居表示板の下端の地図にきれいに収まっている。

三原の本町

三原市の中心部には本町と館町と港町がある。線路を境に駅の南が港町、線路の北の駅北口ロータリーより西が本町、天守台より東が館町。 城下町で元々城内だったところや、まだ海だったところは当然ながら本町を名乗ることがない。 三原の場合、西国街道沿い…

廿日市の本町

廿日市市の本町も大竹市の本町も、鉄道の駅からは離れていて、それ以前の町の中心地の名残を示す。 ただし廿日市市には本町はあっても新町は無い。検索すると宮島の新町がひっかかる。 JRの廿日市駅の住居表示は「駅前」で、広電廿日市駅は「廿日市市廿日市…

新町が駅前

路傍の広告地図が大竹駅前の区画を案内している。これを頼りに目的地に向かうのは地図に慣れた人の役目か。駅前からのびる県道が202号だと知る機会にもなる。 図中で「大竹駅前店」を名乗るのは洋菓子店と電器店。デオデオ(当時)は「駅前」というには少し…

駅を背後に左右の案内

向きを変えて大竹駅付近から西を向くと、横切る通りから右へ油見、左は本町に至る。 さらに先は別の道を通って別の街へ行くとなるといちいち示せない。経由地を示すなら括弧付きで国道186号があり大和橋がある。目的地というよりは別の道への分岐点。

大竹駅が右

大竹市内で見かけた案内標識は、示された道路そのものにとくに番号は書かれず、直進した先の「油見」で国道186号に至ることが示される。 すぐ近くの右手、東側には大竹駅がある。

右手が西中条

国道486号を西方向に、県道390号と交わるところの標識には、前方は「府中」「新市」へ至り、右手には「西中条」に至る。 では左手は、となると此処と変わらず神辺中心部。強いて言えば神辺駅に向かえる道だけど、停車場線の県道ではない。

390号の角

神辺駅方面から北上してまっすぐ進むと領家橋を渡って国道486号に接するが、県道390号は右手の旧山陽道を通るが、本陣跡を過ぎた後すぐ左折する。 神辺本陣へは200m、廉塾へは600mの地点。 kanototori.hatenablog.jp 11年前に通った時は県道沿いに市役所の神…

三日市通りの本陣

https://www.suganami-zaidan.org/blank-6 福山市神辺町の旧街道「三日市通り」に神辺本陣があり、現在は菅波文化振興財団により管理されている。 kanototori.hatenablog.jp 外に設置の説明板は平成15年のもの、ということには既に触れていたものの、当時は…

三つの旧町

その看板には浜田自動車道が全通しているので、平成初頭の市町村の範囲で示されている。 それ以降、合併により金城は浜田に、豊原と芸北は北広島に変わっているので自治体としての「町」ではなく「エリア」と称される。