環藝録

写真でつなぐ広島風物記録

地名

歩道橋の跨ぐ住所

そのバス停の東に「室ノ木一丁目」交差点があり、国道2号と県道が交わっている。 その交差点のすぐ東に横断歩道橋が架かっている。階段はどちらも交差点の方に向かって降りている。 交差点を境に住居表示が変わるため、交差点名は室ノ木でも、歩道橋の北は麻…

カジル岩国バス停

フレスタモールの近く、国道2号沿いに「フレスタモールカジル岩国」バス停がある。 岩国駅方面から西へ、錦帯橋や新岩国駅へ向かう路線バスが通る。 上部には「岩国市営バス」の元からの表示と、付け足された「いわくにバス」が並ぶ。 広島市では使わなくな…

三方の駐車場案内

ニュージーランドのクイーンズタウン。街の中心部の幹線道路を歩いて山の方へ。 駐車場の位置を示す標識が矢印をむけて三か所案内している。「MAN ST」の500台と大きめの駐車場、「CHURCH ST PUBLIC CARPARK」165台は左に、後方右手なので小さめな「BALLARAT…

天満宮と白蛇神社

天神町バス停から向かうと「今津天満宮」の社号碑のある参道にたどり着く。 参道の反対側には駐車場があり、白蛇観覧施設の入口階段があって裏口のよう。比較的新しく出来たのが白蛇観覧施設と神社なので、最寄りのバス停は天満宮の方を示す。

天神町バス停

国道188号と岩国県道15号が岩国駅南から西に向かって分岐して、今津川橋手前で再び合流する。「今津町6丁目」がその西の端にあたる。山林が多い。 県道5号の天神町バス停が案内する「白蛇観覧施設場」はその今津町6丁目の東端にあたる。矢印の示す方向へ進ん…

三笠橋バス停

岩国市の「三笠橋」バス停は岩国駅西口のすぐ南。 国道189号の両脇の歩道は屋根付きなのでバス停上屋が不要。ちょっと 乗り場と降り場を分けて設置しやすいが、乗り場はこちらでなくあちらと案内して取り違えないよう工夫がいる。 さらに乗り場が複数あるこ…

上屋付きに変わったバス停

横川駅前やそこから西に伸びる中広通りのバス停に上屋が設置されたのは平成28年。 工事の際は設置箇所を最小限に囲い、資材もその中に積み上げられていた。 工事中も路線バスは運行するので、少し場所をずらして「仮バス停」が置かれた。元々の位置に立って…

赤いバス停

国道183号(旧54号)は路線バスが多い。西原バス停以南は山の上の春日野からの路線も合わさる。 西原バス停の位置は西原1丁目と2丁目ですぐ南が長束。1丁目ではサコダ車輌の敷地の角地にある。 この国道でバスを待つと歩道を塞いでしまうので隣接する土地に…

「名所」が新しい

そんな立地の大阪城公園駅なので、駅構内の「名所案内」に載る施設4ヶ所はどれもすぐ近く。 「大阪城公園」自体が駅の西側一帯に広がるので「当駅下車すぐ」だし、0.5kmの「大阪城ホール」も公園内を歩いて水上バス乗り場を通り過ぎてすぐ見える。 こうした…

方面が三つ

横川駅の電停では江波か広電本社前か、ほぼどちらかの路線だけの乗り場。 乗り換え箇所の電停(今では他の電停でも乗り継ぎしやすくなっている)の一つ「十日市町電停」は、相生通りの乗り場から広島駅・宇品方面に行ける。(写真は平成27年) 電光掲示板で…

駅前の通りの愛称

国道や主要地方道のような長い道に付く愛称もあれば、駅前の短い道にも通りの名が付けられる。 後者の有名なところは可部駅前の「噂通り」だが、たいていの駅前にあるのは「駅前通り」のままで年を重ねる。 吉田口駅前で平成20年に見かけたのは「吉田口ふれ…

吉田邑南線(吉田瑞穂線)

国道54号を分かれて吉田邑南線を西へ、郵便局ありゆめタウンあり博物館あり、さらに先に宮崎神社や吉川元春館跡(見てない)へ。 kanototori.hatenablog.jp その道は「陰陽神楽街道」の愛称がある。平成28年時点でピカピカの標識があった。、

吉田村の中の町

吉田村の「国郡志御用ニ付下調書出帳」に「駅所」の項目を設けて「吉田町分」にあたる地域を載せている。 「本通り町筋 東西六丁余」が本往還筋で、三次方面から橋本町・十日市街・胡街・鯨田街の順。 「脇町七筋」に六日市街や三日市街が含まれ、「小路 十…

吉田の市の位置

巡見使が可部町屋村の次に泊まったのが「吉田十日市村」。 吉田郡山城下の町は、山麓の三日市・六日市と川沿いの十日市が「巡礼堂縄手」「祇園縄手」などの街路によって結びついて広がっていった。 川と山が近すぎないので国道54号は街の真ん中を通り抜けら…

高田郡を通る巡見使

永井弥六『安芸高田郡郷土史こぼればなし』渓水社.昭和59 https://id.ndl.go.jp/bib/000001834772 に「巡見使通行入用」という項があり、天保9年の巡見使を迎えるにあたっての高田郡での諸経費の記録が収められている。 高田郡内では上入江村で休息と吉田町…

福王寺の麓

天保の幕府巡見使は可部町から北へ高田郡吉田へ向かい、山県郡を経て本地から再び可部を通った。 九品寺村・南原村を通る石州街道には一里塚があり、近くの分かれ道から福王寺に通じる。 巡見使との想定問答に「綾ヶ谷村福王寺さされ石若御覧被申仰候ハハ」…

資料に残る故人の関心

廿日市町史 資料編 2 (近世 上) https://id.ndl.go.jp/bib/000001230655 は、廿日市町時代の範囲の近世村ごとに関係文書を排列した資料集で、検地帳や地詰帳、国郡志御用につき下調べ書出帳などの史料から近世の村勢を探る手がかりとなる。 村ごとの史料の前…

上平良村の絵図のある本

『芸藩通志』の佐伯郡四に載る祠廟のページは送信サービスでは閲覧できないけれど、村絵図がある巻四十九と五十は見られる。 けれど狭い谷の多い村の地名はとくに字が小さく掠れて読みにくい。上平良村の場合所々下平良村の飛び地が「下ヘラ村分」と書き込ま…

『藝藩通志』巻五十三 佐伯郡四

前項のように、国立国会図書館「個人向けデジタル化資料送信サービス」によって手軽に『芸藩通志』を参照できるようになっている。 送信サービス可能なのは明治40年から刊行された『芸備叢書』の版で、戦後の刊行になる「芸藩通志刊行会」版(昭和38年)・「…

かじけ

『いしうちの地名をさぐる』は昭和57年に五日市民話民俗の会発行の五日市町域の地名語彙集。国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧可能(http://id.ndl.go.jp/bib/000001577231)だが、広島市の図書館でももちろん現物は借りられる。 中組の架かるのは石…

梶毛川と石内川

石内川のさらに上流、昔からの石内の中心部あたりで梶毛川が合流する。 梶毛川の合流点のそばには「落合橋」があり、石内川には「尾長橋」がある。 付近には擬木の欄干と石柱の親柱が続き、親水護岸一帯の景観が殺風景にならずにいる。 近くの史跡の案内を親…

口和田の鳴谷

下沖バス停の少し上流側に「鳴谷橋」がある。 芸藩通志に「犬牙のごとし」と形容される口和田村は隣村との飛び地が入り組んだ細長い区域。わずかに山林もあり、絵図に「鳴谷山」と書かれていて石内村と山田村の山林に挟まれている。

口和田の北部

付近の橋に「和田橋」がある。写真では橋名板が読みにくい。 百石付近は石内村と口和田村*1の境界の入り組んだところで、細長い村域の口和田村を『芸藩通志』に「犬牙のごとし」と形容する。 *1:後の八幡村の一部

百石という土地

その西法寺川が石内川と合流するあたりが「百石(ひゃくいし)」で、「石内湯戸下沖土地管理株式会社」による大きな説明板がある。 五日市町に合併する前の「石内村」の古名「石道」を紹介しつつ、この百石の地はかつて海岸が近かった頃の入江であったとし、…

西法寺川

石内公民館のサイトには西法寺川の昔(昭和59年)と今(令和3年)の写真がある。草に覆われた土手から、コンクリートで平らになった護岸の対比が鮮やか。 「西法寺」の名は『芸藩通志』「上小深川村」の絵図に記されている。この川の上流にあたる。

路線図の細かさ

佐伯区石内のマックスバリュやコーナンは石内の南の入口にあたる。バイパスと石内川が接する細い場所に北西から西法寺川が合流する。 「下沖(マックスバリュ前)」バス停はその北西の谷のさらに先の「藤の木団地」に通じる路線バスの停まるところ。 https:/…

かつての矢印

三次市の「上四十貫」バス停を見かけたのは平成19年。三次東ジャンクションもまだ工事中。 現在もある路線バス「三城線」の時刻表が左に大きくあり、右に小さく2つ同じような形の時刻表が示すのは循環バスの「ウェーブ号」。現在の三次市の循環バス「くるる…

本丸の対岸

内堀のへりに点々と置かれたベンチは木と木の間にあって対岸からは目立たない。 対岸の公園にはクスノキが並んで花をつける。広場があるので木はまばら。 堀の両岸とも住居表示は中区基町。すぐ北の基町高校は西白島町。

海田地下道

「窪町アンダー」は、国道2号が瀬野川を渡る橋の右岸にあって国道の下をくぐる。 高い位置にある国道を車がくぐるには周囲より低く下がって高さを確保する(ここでは4.4m(当時))。脇の歩道(海田地下道)はそこまで下がらない。

石内の東へ

四角いトンネルは高架下を短くくぐる道でよく見かける。 上部の道路が高い位置にあって土が多いとトンネルという雰囲気。 石内の運転免許センターの敷地の下をくぐるトンネルは「柿の木嶝トンネル」。「嶝」の字は「たお」の読み。「峠」にも「垰」にも「た…