多家神社*1の参道入口にある「多家神社略誌」は、府中町と府中町観光協会の名で昭和四十七年七月五日の日付がある。
文中のところどころに常用の*2字体とは異なる漢字が使われている。さらには文語調の語末*3に引かれてか、仮名遣いが統一されていない。なので(?)、古い説明板はそれ自体が文化財になる。
「古事記という書物には「神武天皇阿岐国多祁理の宮に七年坐しましき」とあり、又
日本書記*4といふ書物に「神武天皇安芸国に至り坐して埃宮に坐します」とあり」」
石段の上の拝殿入口にも説明板があり、そちらのほうが新しく詳細な説明がある*5。