環藝録

写真でつなぐ広島風物記録

2019-05-01から1ヶ月間の記事一覧

灯篭と同列の木

風化が進んだ石灯籠は危険なため、「危険 さわらないでください」という注意書きがぶら下がる。 そういう掲示が定着しているからだろうか、隣の樹木にも注意書きがぶら下がり、「禁煙 何でそこに捨てるの?」と、より積極的に呼びかける。

見える面と見えなさそうな面

階段の麓の欄干の親柱では、下側の面と内側の面が参道を行く人の視界に入るので、年月日や寄進者を刻むならその面がいいのだろうけれど、 その柱を使って別の器材を取り付けようとすると、刻まれた寄付者名が見えなくなる。「中」と末尾にあるので何かの団体…

沼名前の南側階段

鞆の沼名前神社参道にも文久の紀年の階段欄干がある。 こちらは文久三年、同年の石灯籠もある。 kanototori.hatenablog.jp 先ほどの天満宮の「文久」と異なり、字と字の間隔は広く散らばったような配置。 階段の幅が広いからか、左右ともに紀年を刻んでいる。

文久の島屋

表参道の階段麓にも同じような手すりと親柱がある。 こちらは文久2年の奉納で向かって右には「島屋長右エ門」の名がある。 屋号の印の山と、「文」と「久」が、左右への払いを整えている。

脇の参道の手すり

天満宮の表の階段は西へ曲がりながら南北に通じる。 駅に近い脇の参道は、随身門の奥で別れる道。 その階段の脇の斜面は、崩壊防止の工事ではなく石垣によって固められている。 石造りの手すりと、さらに出されたステンレスの手すりが世代の積み重なりを表す…

昭和50年の擁壁

天満宮表参道の階段は急斜面をのぼるため曲折がある。 「篠尾山崩壊防止工事」により擁壁に斜面が擁壁に覆われたのが昭和50年。西側の駅近くの斜面が先に施工されている。 参道の石段とその縁に連なる玉垣は、擁壁のないころからあった石造物となる。周りは…

天満宮の擁壁

篠尾山の斜面が、そのままでは崩壊しやすいので工事を加えられたのが昭和の後期(という区切りにしてみる)。 駅前に近い斜面はまるごと擁壁に覆われて、天満宮境内の展望スペースが下からもよく見える。

駅前の急傾斜

その電柱は、廿日市駅前の道が国道2号に交わる途中にある。 天満宮の位置する丘陵の西の麓にあたり、「急傾斜地崩壊危険区域」の角にはその区域図と標柱が立っている。

廿日市市の防犯標語

こちらの標語は、「廿日市市防犯組合連合会」による電柱掲示物。すぐ下に「はり紙おことわり」のガードが巻いてあるが、この高さが無断でないことの保証でもあるのだろう。 「暴力団締め出すみんなの目と心」という字のサイズは、設置された高さにとって絶妙…

串戸の標語

同じく御手洗川のほとりにある横長の看板に、「串戸地区防犯組合」による標語「防犯は 人の和 町の和 くらしの輪」がある。 道路から見て川向かいのフェンスにあるので、車から見るのではなく土手道をウロウロする不審な人に向けた標語だろうか。

川のほとりの看板

それらの鳥の存在が、必ずしも綺麗な川であることを意味しないけれども、何かしらの動物が姿を見せていれば、道行く人の目は川に向きやすくなる。ヌートリアでもいい。 高架下の川土手に立つ横長の看板に、川の生き物の絵がいくつも載っている。 「廿日市市…

御手洗川の鳥

その辺り、あまり水量の多くない御手洗川の真ん中で、コガモが塩ビパイプに掴まっている。 そこからちょっと下流へ、バイパス高架の近くの水管橋に佇むは青鷺。 前項と同じく下調べ書出帳の「鳥之類」には、31種の鳥が載っている。そのうち、カモの類は「鴈…

砂原の御手洗川

県道が御手洗川を跨ぐのが「宮内橋」で、その上流側には「砂原大橋」が架かる。「大橋」というほど幅広ではないが、車が余裕で通れるくらいの意味の「大橋」か。 文政2年の宮内村の『下調べ書出帳』にて、過去の大洪水によって川筋が不安定になってしまい、…

宮内から15km

その歩道橋の反対側の面を見ると、「佐伯」まで15kmの表示がある。旧佐伯町の中心部までがそのくらいの距離。 隣には「日赤看護大学」が左手にあることが示される。阿品へ抜ける山の上にある。 歩道橋の先にぼんやり見えるのが「佐伯中央農協」。その手前に…

800メートル先

その歩道橋の名は「宮内歩道橋」。橋名板が階段の角度に合わせて傾いているが、文字の角度は地面に垂直。でも色が分かれていないので読みにくい。 そこから東へ800mで広島方面と岩国方面の分かれ道という標識がある。西広島バイパスを指す。

年末年始のポスト

県道30号沿いの同じ街区には、宮内郵便局がある。 歩道橋やバス停もあって、地域内の往来の基点の一つ。 見かけたのは年明けすぐ。郵便ポストは年賀状態勢が残っていて、ハガキを束ねる輪ゴムが備え付けてあった。

北山架道橋の下

山陽新幹線が県道30号と斜めに交わるあたりが「峰高団地入口」交差点。 県道の南に並行する細い道路は、300メートルほど西の「花園団地入口」交差点で県道と合流する。 前項のフタバ図書宮内店(閉店)があったころ、新幹線高架「北山架道橋」の下に置かれた…

看板の「本」

フタバ図書宮内店は何年か前に閉店している。中古本は一律価格の棚が少しあった気がする。 建物上部の看板には明朝体?の「本」。道路際の照明付き看板には左右対称の「本」。

宮内中心部の大体

県道30号が宮内地区の中心を通る道路で、御手洗川沿いに西へ北へと上ると佐伯町に至る。 新幹線高架のすぐ西側を切り取った案内図がバス停のベンチにある。 県道沿いに銀行あり小学校あり警察も郵便局もザ・ビッグもありで、この地区の生活の中心地となって…

宮内のザ・ビッグ

新幹線や西広島バイパスより山寄りに位置するザ・ビッグ宮内店の看板は、赤い地に白字でBとG、iの字はオレンジ色で斜めの線。これはザ・ビッグとしては2代目のロゴマーク。初代のロゴマークによる看板は、可部店の建物が残っていた頃はその痕跡があった。…

天満宮麓の店々

天満宮境内の稲荷神社を照らす照明は、寄進者の名前に「ジャンボ会館」という麓のパチンコ屋が見える。現在は営業していない模様。 天満宮の山の上から海の方をながめると、遠く厳島の島影を背に、間の海面は目立たずに麓のビルや民家がひしめいてる。 目立…

山の上の一代

その銘柄「一代」はビルの側面に大きく表示されていて、国道を西から来る人によく見える。 バス停に近い住吉の堤防からは、その建物と丘の上の天満宮がよく見える。天満宮拝殿脇には「一代」の樽が重ねられている。

玉垣の中国醸造

廿日市バス停跡から東を望むと「ダルマ焼酎」と大きく表示された中国醸造の建物が目の前にある。住所は桜尾。 前掲『広島の酒蔵』では、「家納喜」の次の次の項に「一代」が載っている。 天満宮の麓の廿日市招魂社の玉垣に「中国醸造株式会社」の名が見える…

廿日市の丸亀商店

そのバス停の古い案内図にも名前の見える「家納喜酒造」も、もう歴史上の存在のように地元の人でも読めなくなるのだろうか。 続 幻の酒、家納喜(ヤナギ)... - 朝日新聞サービスアンカーASA廿日市 | Facebook 廿日市天満宮の石段脇に見える「合資会社丸亀商店…

古そうな地図に古そうな会社名

www.hiroshin.co.jp 同じく、案内には不便そうな商工案内図があり、さらに古そうに見える。 「宮島信用金庫」は平成10年に広島信用金庫と合併するので、極端に古い名前ではないが、この地図に載るととても古く見える。

廿日市町時代の案内図

「廿日市町」は昭和までで、このバス停跡に残る案内図各種は昭和に遡るものもあって、往時の姿を(多少は恣意的に)残している。 町役場以外にも、「広島信用金庫」の「広」の字が修正されているところに、この案内広告がそれなりに現役として情報更新を意識…

平成の間使われたバス停

廿日市バス停が廃止されたのは平成31年の1月。 立地的に路線が役割を終えて、バス停の施設そのものが撤去されるのは同時とはならず、ブロック塀と屋根を備えた待合所はまだ残っている。 ライオンズクラブの寄贈による照明は平成元年。バス停そのものは昭和に…

廿日市の外れのバス停

廿日市駅の南に、住居表示としての「廿日市」がある。狭い意味の廿日市町をだいたいこの範囲として、宮内や串戸を含むのが市政施行前の町制の「廿日市町」。可部町の広がり方と似ているが、市になってさらに南北の町村を併せて広がるという展開はどこでもあ…

二つの駅の矢印

宮内串戸駅の東隣には廿日市駅がある。 昔ながらの廿日市の中心部ということで、案内図に載る「主要公共施設ご案内」の矢印には、宮内串戸には載っていない学校が多数ある。 どちらにも載っている、中間部にあるさくらぴあなどの文化施設や官公署は、比較的…

絞った矢印

その反対側の壁にある案内は、東西それぞれのエレベーターと、西口にあるトイレの方向を示す。 その下の壁面も掲示板のように使われていて、 西口のバス乗り場(とくに2番乗り場)や、東の串戸市民センターへの案内など、かなり利用者の絞られた案内が並ぶ。…