環藝録

写真でつなぐ広島風物記録

山陽文徳殿

多聞院には頼一族の墓(県史跡)がある関係で、寺の裏手の少し登ったところに山陽文徳殿が建てられた。
昭和7年*1の没後100年を記念して昭和9年*2竣工。
郷土の偉人として当時の知名度は抜群とはいえ、広島を主な舞台に活動していなかったり墓所が京都にあったりで、現今の知名度の低さもやむなしよ。多分当時もそういう忸怩たる気持ちは変わらんと思う。

参考

arch-hiroshima 広島の建築 頼山陽文徳殿 http://www.arch-hiroshima.net/arch-hiroshima/arch/delta_east/rai.html

*1:西暦1932年

*2:西暦1934年