環藝録

写真でつなぐ広島風物記録

祇園・八坂・天王

高松山から少し西の、旧上四日市村。可部の盆地の真ん中辺りにある神社。
神社の前の交差点名が「天王神社前」。「天皇神社」と書かれた地図も見かける*1
現代の(もしくは後代の)呼び名は八坂神社。例えば"広島市亀山公民館"。社殿の写真が載っている。
そこで通称として挙げられている「天王さん」「祇園さん」は、『国郡志御用につき下調べ書出帳』*2においては、「天王」という地名の所に「祇園社」が一社、と書かれる。
「御神躰 牛頭天王ト申白石一ツ」のほかに「赤銅観音 一躰」が、「先年祇園境内ニ而*3山稼ノ者掘出安置」されたという。
続けて「此祇園社往古大社ニ而下四日市惣社此処ヨリ転移仕候」とあるので、観音像は大社だった頃の名残か、それとも作為か。
そこから移ったという「惣社」のほうでも「大社ニ御座候」とあって張り合っているかのよう。その起源に「神武天皇当所御逗留ノ跡」を求めているのは、上四日市祇園社よりも古いのだという主張なのか、なんなのか。混乱してきた。

*1:出典をあとで探す

*2:文政二年

*3: