環藝録

写真でつなぐ広島風物記録

2007-05-01から1ヶ月間の記事一覧

太田川の大洪水

同じく碑文から。 「元和 寛永 承応 嘉永 明治7年 17年 大正8年 12年 15年 昭和18年 20年の水禍は大きく 特に承応2年の洪水には死者5000人余に達したという」 と、江戸時代以降の太田川の主な水害の起きた年が並ぶ。近世初期に集中している。 さらに前には、…

文字抜粋「修」

高瀬堰大禹謨碑文から。 「幸い地元住民の協力により 昭和7年より国費による改修工事が進められ 40年の星霜と30数億円の巨費が投じられ 太田川中流部の改修がなり (以下略)」 「修」の字は、水をかけて洗い清める「攸(ユウ)」と、その清らかな様を象徴する「…

治水記念

高瀬堰の建設を記念した「大禹謨」の石碑は太田川の西岸で川に向かって立っている。 治水全般の記念とするなら、上流のダム開発、中流の八木用水などの灌漑事業、下流の太田川放水路開発等々すべてひっくるめて禹に見守ってもらおうとしている。それはもう保…

二十八のまなこ

その公園に烏や猫は見かけなかったものの、枯れ葉の散り敷いた一隅に鳩の群れがうろうろしていた。〆て十四羽。 人が近づいてもお構いない。傍若無人というか地平天成というか鼓腹撃壌。

禽獣と尻拭い

高瀬堰西岸の公園にある注意書きは、猫と烏の絵を使ってゴミの不法投棄をやめるよう呼びかけている。 「家庭ゴミを捨てないで カラスやネコがちらかします 国土交通省」 ただ、この猫の目線と体格からすると、狙っているのはゴミではなく烏のようにも見える。…

猫迷惑3

迷惑と感じたら大抵はさっと逃げます。 3つ目だから「散」であると。

猫迷惑2

土手の下を覗いてみると、 これまたこちらを睨め付けていたので、 撮りはしましたが、 間違えてフラッシュを浴びせてしまいまして、 ええ。

猫迷惑

山本川の土手の上と下で猫が喧嘩をしていたので、カメラを向けたら睨まれまして。 ご迷惑と知りつつも、フラッシュをオフにして何枚か。 200627 画像追加

山本川

安佐南区南部、武田山と三滝山の間の山麓を流れた山本川は、南下して西区新庄で太田川放水路に注ぐ。 看板に、一級河川と書いたものと二級河川と書いたものの両方を見かけたものの、二級河川のほうだけ写真に収めたのは手抜かり。

三滝橋(三滝大橋)

日渉園のあった三滝本町は当時沼田郡新庄村にあたり、今では「新庄」よりも「三滝」を冠する住所の方が広い。 眼下に流れる太田川放水路に架かる三滝橋は、三滝本町と三滝町が両岸にある。上流の新庄橋が新庄町に架かっていないのと対照的。

「ひろしま近代医学のあけぼの」3 神農氏、神農帝、神農様

青空文庫*1で「神農」を検索すると内藤湖南の著書に多く目にする。加上説などに絡んで。 支那では人神牛首の神農氏が赭鞭を以て草木を鞭ち、初めて百草を嘗めて、医薬を知つたといひ、 毒と迷信 小酒井不木 昔、支那には神農様というのがあって、百草の品々…

「ひろしま近代医学のあけぼの」2 薬草園の庭園

藩営の薬草園「日渉園」の跡が、三滝山の東*1にあって、住宅に囲まれた森として残っている。 map:x132.4460y34.4179:hybrid:w350 入口に広島市教育委員会*2と広島大学*3の二つの説明板がある。google:日渉園 上段(神農堂のある段)から下段(薬室のある段)への…

「ひろしま近代医学のあけぼの」1 眼に青葉

安芸吉田の郡山公園の木々の間に「土生玄碩先生之碑」が立っている。 「徳川家達公爵題字 同郷の後學富士川游撰文」とある。 写真パネルで紹介された関連の展示品のうち、「土生玄碩肖像」は吉田歴史民俗資料館の所蔵。 上部につづられた事績の文中で、シー…

「ひろしま 近代医学のあけぼの」

図録の「関連年表」は、天正19年*1の「毛利輝元広島城入城」から、明治29年の「尼子四郎・富士川游ら、芸備医学会を設立する」までの出来事が書かれている。『日本医学史』は主要参考文献の筆頭にある。 場所:広島市郷土資料館 期間:平成18年9月30日-11月5…

「富士川游先生誕生之地」

長楽寺公園の入口に立っているのが「富士川游先生顕彰碑」と「富士川游先生誕生之地」碑。 『日本医学史』の著者富士川游は慶応元年*1生れ。当時は沼田郡長楽寺村。 石碑は昭和50年*2に設置。 *1:西暦1865年 *2:西暦1975年

お習字公園

写真は「長楽寺公園」の銘板(銘柱?) 公園銘板をどうやって作っているのか知らないけれど、字が浮き足立っていることくらいは気付くはず。 こだわり。 納期に追われていた。 市の要望で。 住民の要望で。 柱の方が斜め。 電車の振動が伝わって。 これとは別…