環藝録

写真でつなぐ広島風物記録

百穀と五穀

さっそく青空文庫検索「青検」を使ってみた。*1
括弧で振り仮名になっている部分を脚注にまわしてみた。やたらと長くなるのでやらないほうがいいのかも。

  • 農の基

「百穀」は「五穀」に比べて例が少ない。古典の引用であったり雨乞いの祈りであったりして日常的ではない。「百」は種類の多さであったり収穫量の多さであったりするだろうから、選り好みできない余裕のなさがある。

それはやはり魏源が書古微の甫刑發微で論じてゐる所である。曰はく
禹稷皐陶三后佐唐虞、禹讓稷契及皐陶、堯舜之道、惟禹皐陶見而知之、此萬世所共聖、殷本紀述湯誥曰、古禹皐陶久勞於外、四涜已備、萬民乃有居、后稷降播農殖百穀、三公咸有功於民、故后有立、
『尚書稽疑』内藤湖南

 丈*2より高い茅萱*3を潜*4って、肩で掻分*5け、頭*6で避*7けつつ、見えない人に、物言い懸*8ける術*9もないので、高坂は御経*10を取って押戴*11き、
山川険谷*12  幽邃所生*13  卉木薬艸*14  大小諸樹*15
百穀苗稼*16  甘庶葡萄*17  雨之所潤*18  無不豊足*19
乾地普洽*20  薬木並茂*21  其雲所出*22  一味之水*23
『薬草取』泉鏡花

むかし皇極女帝の御時、天下炎旱に悩み、諸方に於いて雨乞の祈祷があつたけれども何の験も無きゆゑ、時の大臣、蘇我蝦夷みづから香炉を捧げて祈念いたしましたさうで、それでも空はからりと晴れ渡つたままで、一片の白雲もあらはれず、蝦夷は大いに恥ぢて、至尊に御祈念下されるやうお願ひ申しましたので、すなはち玉歩を河辺に運ばせられ、四方を御拝なされるや、たちまち雷電、沛然と大雨あり、ために国土の百穀豊稔に帰したとか、
『右大臣実朝』太宰治

それは寛正の頃、東国大*24旱魃*25太田道灌*26江戸城にあって憂い、この杉の森鎮座の神にお祷*27りをした験*28があって雨降り、百穀大に登*29る。
『鬼眼鏡と鉄屑ぶとり 続旧聞日本橋・その三』長谷川時雨

  • 五穀のための信仰

写真に挙げた貴船社の標柱には「天下泰平 五穀豊穰」とある。
現状で飢えているというほどではないけれど、百穀と言わず先々の収穫がより良いものであるようにと祈る。その儀礼の形式はいろいろ。

この倉は、地上に柱を立て、その脚の上に板を挙げて、それに、五穀及びその守護霊を据ゑて、仮り屋根をしておく、といふ程度のものであつたらしく、
『たなばたと盆祭りと』折口信夫

長方形のはりこの函で、四方に天下太平・五穀成就・今月今日・祇園宮と書いてある。
『だいがくの研究』折口信夫

貴女様御祭礼の前日夕、お厩*30の蘆毛を猿が曳*31いて、里方*32を一巡いたしますると、それがそのままに風雨順調、五穀成就*33、百難皆除*34の御神符*35となります段を、
『多神教』泉鏡花

而も其中、最大切に考へられてゐるのは、井*36の神・家の神・五穀の神・太陽神・御嶽の神・骨霊*37などである。大体に於て、石を以て神々の象徴と見る風があつて、道の島では、霊石に、いびがなし〔神様〕といふ風な敬称を与へてゐる処もある。
『琉球の宗教』折口信夫

多くの土地では、親雲上*38が大主*39を迎へて後、扇をあげて招くと、儀來*40の大主*41が登場して、五穀の種を親雲上に授けて去る。其後、狂言が始まるのだが、村によつて、皆、別々の筋を持つて居る。
『國文學の發生(第三稿) まれびと[#「まれびと」に傍線]の意義』折口信夫

山人が、予め準備して置いた竹棒の先に、花をつけて、其で土地を突いて歩く。此が、中心行事で、土地の精霊が、其に感応して、五穀を立派に為上げると言ふ信仰であつた。
『花の話』折口信夫

そうした祭祀*42や魔術の目的はいろいろであったろうが、その一つの目的はわれわれ人間の力でどうにもならない、広い意味での「自然」の力を何かしら超自然の力を借りて制御し自由にしたいという欲望の実現ということにあったようである。たとえば、五穀の豊饒*43を祈り、風水害の免除をいのり、疫病の流行のすみやかに消熄*44することを乞*45いのみまつったのである。
『自由画稿』寺田寅彦

  • 脆弱な五穀

五穀の内訳がだいたい米麦黍粟豆だとして、たとえ手間暇がかかっても放りだすわけにも行かず。蕎麦や木の実だけ大量にあっても天下泰平とは言いがたく、商品作物に偏しても食うに困る。いざとなれば、穀が無いなら菜がある、畜もある、魚もある。場所によるが。

 六、七、八、九の月は、農家は草と合戦*46である。自然主義の天は一切のものを生じ、一切の強いものを育てる。うつちやつて置けば、比較的脆弱*47な五穀蔬菜は、野草*48に杜*49がれてしまふ。二宮尊徳の所謂「天道すべての物を生ず、裁制補導*50は人間の道」で、こゝに人間と草の戦闘が開かるるのである。
『草とり』徳冨蘆花

「お前、ひもじゅうはござらぬか。」と、僧は言った。「なにしろ五穀の乏*51しい土地で、ここらでは麦を少しばかり食い、そのほかには蕎麦*52や木の実を食っておりますが、わたしの家には麦のたくわえはありませぬ。村の人に貰*53うた蕎麦もあいにくに尽きてしまいました。木の実でよろしくば進ぜましょう。」
『くろん坊』岡本綺堂

鹿沼は麻の名産地といわれる位の処で、垣根も屋根の下葺*54きもすべて麻柄*55を使ってあって、畠は麻に占められているから、五穀類は出来ません。それで住民は何を食物*56にしているかというと、栃の実を食べている。栃の実を取って一種の製法で水に洒*57して灰汁*58を抜き餅に作って食用にしている。
『幕末維新懐古談 栃の木で老猿を彫ったはなし』高村光雲

*1:やることは変わってない

*2:たけ

*3:ちがや

*4:くぐ

*5:かきわ

*6:つむり

*7:

*8:

*9:すべ

*10:おきょう

*11:おしいただ

*12:さんせんけんこく

*13:ゆうすいしょしょう

*14:きぼくやくそう

*15:だいしょうしょじゅ

*16:ひゃくこくびょうが

*17:かんしょぶどう

*18:うししょじゅん

*19:むふぶそく

*20:かんちぶごう

*21:やくぼくひょうも

*22:ごうんしょしゅつ

*23:いちみしすい

*24:おおい

*25:かんばつ

*26:おおたどうかん

*27:いの

*28:しるし

*29:みの

*30:うまや

*31:

*32:さとかた

*33:じょうじゅ

*34:かいじょ

*35:ごしんぷ

*36:カア

*37:コチマブイ

*38:ペイチン

*39:ウフツシユ

*40:ギライ

*41:ウフヌシ

*42:さいし

*43:ほうじょう

*44:しょうそく

*45:

*46:かつせん

*47:ぜいじやく

*48:やさう

*49:ふさ

*50:さいせいほだう

*51:とぼ

*52:そば

*53:もろ

*54:したぶ

*55:おがら

*56:くいもの

*57:さら

*58:あく