環藝録

写真でつなぐ広島風物記録

2007-04-01から1ヶ月間の記事一覧

真言宗の「護」

護国の文字は護国神社に限らない。 金亀山福王寺は安佐北区可部町綾ケ谷の山上にあって、山の名も福王寺山と呼ぶ。 南麓の不動坂の入口に、「大沙之霊沼」「護國之道場」と刻まれた石門がある。 弘法大師御入定1100年に際して昭和9年に建てられた。 参考 中…

文字抜粋「護」

邇保姫神社の標柱に「忠誠護国」とあって、それを以て「誠」の楷書の例としようとするのだけれど、一部隠れている写真しか撮っていないから、誠意に於いて欠けるところがあると言われているような気がする。 碑文で言偏の文字を探すと字種が限られていて、標…

「誠」

「誠」の命名の由来として新選組が挙げられそうなのは、映画の影響が強かった頃のこと。日付変更日を7時にずらして28日の項目を書くなんて、「誠」とは遠く隔たったせせこましい行いであることは否めない。 そもそも、一日一項なんて明言していないところが…

虚仮の一念巖となりて

google:"至誠貫"で後に続く語を検索。 「誠」なるものが行き着くところまで至ってしまえば、小は金石を貫き、大は天地に及ぶ。月面を反射したり地球を突き抜けたりしているのかも知れない。 至誠は瞬間に留まらない。人の一生に及ぶ持続性は当然のこととして…

ちょっとした国生み

千田廟社の石段手前にある標柱は行書の筆跡が強調されて気合いが入っている*1。 「至誠貫乾坤」 「功徳垂無窮」 奥の十文字の碑文と意味合いが似ていて、こちらの文なら築港に限らず干拓事業を讚える場合に利用できそうである。 *1:偏見

顕彰文を兼ねる

千田廟社の標柱は10文字で1行。この神社のために用意された文言。または、港の開発に尽力した人を祀っている神社なら使える。 「築港投私財遺徳燦乾坤」 「萬民仰鴻業伝千載不滅」 下の方の字が小さくなっているのは、「鴻」の字のバランスの良さを引き立た…

千田貞暁の書

千田廟公園の石碑「宇品新開地紀念碑」は「正三位勲一等男爵千田貞曉題」とある。 「宇」の字は難しそうなので、おそらく「紀」の曲線がポイント。

千田貞暁銅像

郷土資料館は宇品御幸二丁目にあり、北の一丁目には千田廟公園がある。 明治17年に宇品築港がはじまり、22年に完成。 千田貞暁は明治41年4月23日に亡くなり、銅像*1が建ったのが大正4年*2。 『大正時代の広島』*3に付いている「最近實測廣島市街地圖」は大正…

「広島の遺跡を掘る」6 「広島市民第1号はどの区に住んでいたのでしょう?」

もちろん現在分っている限りの「最古」を問うているのは、広島市郷土資料館の企画展紹介ページの一文。 それを知ることになる「旧石器時代・縄文時代」の展示コーナーは順路の最初にある。 なので、いくら写真のupが許されたからといっても、その遺物の写真…

「広島の遺跡を掘る」5 遺跡が丘

文化財団の遺跡データベース「倭国*1」で遺跡台帳を見る。弥生時代の遺跡とその調査原因を並べるとこんなふう。 佐伯区 平尾遺跡 宅地造成 城ノ下A地点遺跡 宅地造成 安佐南区 中畦遺跡 学校建設 毘沙門台東遺跡 宅地造成 大町七九谷遺跡 住宅団地造成に伴う…

「広島の遺跡を掘る」4 古墳群ずらり

三角縁神獣鏡でおなじみ中小田古墳群は国史跡。展示されているのは、鉄剣・車輪石のレプリカ・竪穴式石室の写真パネル。 その他市内各地の古墳時代の遺跡の出土品が並ぶ。狐ヶ城、成岡、城ノ下、弘住、新宮、塔の岡などなど。 各種そろった須恵器だけでなく…

「広島の遺跡を掘る」3 古代佐伯郡と役人

昭和57年、安佐南区祇園町で、長束西小学校と長束中学校の建設に先立って「権地遺跡」と「九郎杖遺跡」の発掘調査が行われた。 権地遺跡の権地古墓は深さ24cmの穴と、それを覆うように広がる黒色土の遺物包含層からなる。出土の石帯は7点あり、火葬された被…

「広島の遺跡を掘る」2 中世山陽道の城塞

江戸時代の山陽道(西国街道)は海田・広島城下・廿日市を通ったが、古代律令時代の山陽道はそれよりも内陸部に設けられた。アストラムライン*1と芸備線*2を繋いだような道筋と思えばわかりやすい(だろうか)。 掲示された「広島市内『山城』分布地図」は、街道…

「広島の遺跡を掘る」1 近世広島城下

混雑時に順路に従わなかったら顰蹙者であるが、振り返るなら近い時代から見た方がとっつきやすい。故人も「現代から過去にさかのぼればこんな面白いものはない」*1と言っている*2。 150年ほどさかのぼれば江戸末期。山本夏彦の祖父は安政5年*3生まれ。34歳の…

百五十日目

広島市郷土資料館「広島の遺跡を掘る-考古遺物から見る広島-」

トンガ坊城遺跡は古代から中世まで幅広い時代の品々が現れたわけですが、さらに長期間の、さらに広範囲の出土遺物を目にすることで、新たな発見があるやもしれません。漫然と見ていては好機を逃すわけですが。 場所:広島市南区宇品御幸二丁目 期間:平成19年3…