環藝録

写真でつなぐ広島風物記録

2025-09-01から1ヶ月間の記事一覧

箇条書きまたは年表

「五日市町皆賀第三土地区画整理組合」の沿革を記した「昭和台皆賀本町 造成碑」は皆賀三丁目の皆賀公園にある。 組合名に続けて「発起」「設立認可」「工事完了」「登記完了」と年月日が並ぶ。普通の年表とは出来事と年月日の並びが逆になる。掲載する出来…

縁起と沿革

近現代の施設や組織の「沿革」は、特定の年月日を示しやすいので年表形式にしやすく、地域全体の歴史や寺社の縁起を綴る場合は、年表ではなく数段落の文章にしておくとおおよその前後関係を押さえやすい。 平成28年設置の「旭山神社の沿革」は「縁起」を三段…

明治からの沿革

病院内に掲示されている「廣島市立北部医療センター 安佐市民病院 病院の沿革」は、明治22年の「高宮郡可部町」の町制施行から始まり、令和3年末の建替竣工までの年表になっている。 病院そのものは「安佐地区病院組合」の成立の昭和47年からになるが、可部…

令和4年のクロマツ

あき亀山駅前に安佐市民病院が移転したのは令和4年5月。 なので駐車場との間の道路脇に植えられている「三河黒松」は開設記念樹。

赤い切符

電化延伸を記念して作られたモニュメントは多数あり、周年記念はもとより延伸開業当時からのものになると平成に遡る。 コミュニティスペース「縁が和」にある赤い鋳物は「ふたたび線開通記念鋳物切符」。 付近の伊勢神社が「ふたたびの宮」として地元の活動…

6周年の蓋

JR可部線の可部駅前で見られる「電化延伸6周年記念」のマンホール蓋は令和5年に製作された。電化延伸区間の可部・河戸帆待川・あき亀山の各駅に別々のデザインとなっている。 newsdig.tbs.co.jp 当時のニュース記事がお披露目式の様子を伝えている。 記事中…

再建50周年の平成19年度

周年記念というのは定期的に繰り返されるわけでなく、その名目によっては続かなくなることもある。 広島城の築城なら続けやすいが、「広島城天守閣再建」となると現在の天守閣が無くなってからはカウントしにくくなる。新たな天守閣で1から数え始めるか。 写…

シダレザクラの枝

広島大学構内に令和元年末に植樹されたシダレザクラ。「広島大学創立70周年記念」。 写真は令和2年2月なので、まだ植えられて間もない頃。花や葉が出る前の姿。「枝垂れ」た姿はよくわかる。

龍爪槐

三ツ城近隣公園の植樹の中にシダレエンジュがある。 石碑には大きく中国名の「龙爪槐」が見える。 写真は平成20年当時なので、現在の枝ぶりとは相当に違っていると思われる。

古墳の周りの緑地

東広島市の三ツ城古墳は葺石と埴輪と芝生で整備された史跡公園。墳丘への移動の都合上階段を設けることで当時のままの姿にはならないものの、2号古墳のように葺石の代わりに芝生にしてあったりもするので、説明をよく読んで頭の中で復元することになる。 公…

宮島口の松並木

miyajimaguchi.net 宮島口旅客ターミナルの北隣、「宮島口しゃもじ広場」は芝生広場を中心とするイベント可能な公園スペース。規模の大小さまざまだが西広島でいう「KOI PLACE」、宇品港でいう「広島みなと公園」のようなものか。 その北の端は小さな丘が作…

支えられる松

一本残った街道松公園入口の方にもたれかかっている。 3ヶ所の支えが幹と枝を支える。ストリートビューでは「2021年8月」分の画像から支えられている。

街道松の記録

西国街道は佐方中橋の西から桜尾に入る。左手が桜尾本町、右手が大東。 桜尾本町側の小さな公園「桜尾公園」には「街道松」のうちの一本が残っていて、説明板にはかつて松並木があったことを記す。 このあたりも、 東の佐方中橋から桂公園のあたりまで、 文…

佐方川の交差点

佐方本町の一里塚跡の西に進むと、道路に挟まれた小川を跨ぐ。「佐方中橋」。 信号機のついた交差点になっているので、車道と横断歩道によって幅の広い橋になっている。川幅の方が狭い。 小川壱ヶ所 幡三間 水源当村野山小屋ヶ原大谷ヨリ流出、岩戸土橋沖ニ…

海老橋と歩道橋

御筋橋は無いので今は国道2号の「海老橋」を渡る。*1 正確には歩行者の場合「海老歩道橋」を渡る。 *1:上流には「御筋歩道橋」はある

御筋橋跡の壹里標

その説明板は明治初期に建てられた「壹里標」のそばにある。 現在も元安橋たもとに残る「道路元標」の前身「里程元標」との距離を示す石柱で、西は大竹への距離を示す。 www.city.hiroshima.lg.jp この企画展の展示画像「汽船乗客荷物取扱処 『広島諸商仕入…

西国街道の付け替え

佐伯区の楽々園一丁目には旧西国街道のルートだった御筋橋の跡がある。 そこにある説明板は「五日市中央まちめぐり歴史探訪」と題して西国街道とそれにまつわる街道松などを解説している。さらに「江戸初期の西国街道」とそれ以降の「西国街道」のルートの違…

佐方の一里塚跡

西国街道の痕跡が現存の道路なら、案内図の形でルートを示す。線の形を示したいものの、道路にずっと西国街道跡と表示し続けるわけにもいかないので、要所要所に設置した説明板を見てもらうことになる。説明板の設置場所が遺跡として重要というわけでもない…

西国街道デザイン

現在の仏壇通りにも点々と西国街道デザインのマンホール蓋が見られる。 www.city.hiroshima.lg.jp 「西国街道の賑わいを浮世絵風に表現」というデザイン。 令和6年度初頭時点で広島市四つめのマンホールカード。

西国街道の矢印と看板

市内中心部の西国街道は、現在もほぼ何らかの道路があるので辿りやすい。 本通商店街の辺りはそのまま通ることになる。その先の平和公園内も同様。 本通より東のルートは本通ほど目立って広い道ではないので「西国街道」の矢印付き看板に存在感がある。(本…

斜めに交差する街道

駅前通りの「京橋町10番」交差点は、西側に西国街道と交わる三叉路。 今はビルとなっているが、西国街道は猿猴橋からこの場所までまっすぐ通っていた。 その角には西国街道を案内する石柱があり、斜めの矢印で京橋に通じる道を示す。

眼下の駅前通り

新駅ビルの屋上広場から駅前通りを見る。 「旧国鉄宇品線」のような花壇の説明板は駅前大橋と稲荷町交差点の間の歩道に設置されていた。 中央分離帯の街路樹が取り払われた(線路敷設)ことで、両脇の歩道の街路樹の存在が離れ小島のように小さくなっている…

駅前通りから宇品線の案内

広島駅から東南へ猿猴橋を渡り段原を通った宇品線は、現在ではところどころに痕跡やモニュメントを残す。 駅前通りの花壇にも宇品線の説明板があり、線路のあったルートと5箇所の記念碑や公園を示している。左側の写真は大下隆雄氏撮影の宇品線を走る機関車。…

猿猴川の平和橋

東大橋の架け替えよりも前、平成14年に上流の「平和橋」は現在の橋に架け替えられている。幅員25メートル。 www.city.hiroshima.lg.jp 旧平和橋と宇品線の橋梁が並ぶ風景が昭和とすると、今の平和橋ができて新球場が整備される過程が平成の慌ただしさみたい…

上東雲町河岸公園

猿猴橋の東大橋南詰には「上東雲町河岸公園」がある。けれど住居表示は「段原日出町」。 平成21年ごろ、まだ東大橋が架け替え前で川沿いの道路も工事中で重機が動いていた頃、公園もまた整備のため一時解体されていた。 水管橋の脇は今ではマンション敷地だ…

西の松原の向かい

厳島神社出口で北に曲がった御手洗川は大願寺護摩堂を過ぎたところで西に曲がる。 護摩堂の裏手には「厳島神社」の表示のある重機が控えている。 海側は西の松原が細長く延びて、奥には清盛神社や茶屋がある。

柵の破損

厳島神社出口の前を御手洗川が流れる。川に沿って町家側に通る「柳小路」は紅葉谷方面からの道で、それと交わる「滝小路」は大聖院方面の道。 大聖院から流れる「白糸川」は民家の間を抜けて柳小路を潜って御手洗川に合流する。その部分を通っても橋を渡った…

桟橋から神社と水族館

宮島のフェリー桟橋を降りてターミナルに向かう曲がり角。 宮島水族館の大きな看板が出迎える。その隣には立て看板が子どもの転落防止を呼びかける。 小さな子ども中心で訪れるなら水族館が一番目当ての施設になる。桟橋からの距離は長いので、「厳島神社出…

ピンク色のダイドー

宮島の厳島神社出口側近くで見かけた自販機は、「子育て支援自動販売機」。 DyDoの飲料と紙おむつと菓子が一台の自販機に収まっている。取り出し口は別々。 さらに西には水族館もあるのでその帰りに必要になることもあるかもしれない。

もみじ饅頭の赤い自販機

momijido.com 紅葉堂のもみじ饅頭自販機は平成31年から設置されはじめたと、沿革のページに載っていた。 自販機設置場所は上記ページに20箇所が掲載されている。駅やホテルなど観光客の目に留まりやすい場所に「2個入り・3個入り」を冷やして販売している。 …