2026-01-01から1年間の記事一覧
佐伯区の海老山町に鎮座する塩屋神社は猿田彦大神と塩土老翁神が祀られている。 kanototori.hatenablog.jp 井口の塩釜神社は製塩の神との説明がつくが、こちらは主神が猿田彦大神なので「縁結びの神」との紹介。現地の説明板では「導きの神」であり「塩土老…
「西国街道いのくち歴史の散歩道」に紹介される「塩釜神社」は井口第4公園に近い、丘陵の麓に位置する。 線路よりも奥でも低地なので昔の海が近い。説明板には寛文の絵図に「塩屋明神」と記されていると紹介。 西国街道は背後の丘陵上を通っていた。 www.cit…
同じ体裁の案内図は広電井口駅前にもある。 とくにここが「西国街道いのくち歴史の散歩道」の中心地ということか、「夢街道ルネサンス推進会議」による「夢街道ルネサンス」の平成24年度認定証のプレートも設置されている。 井口駅前の道は旧西国街道ではな…
kanototori.hatenablog.jp 新井口駅からアルパーク方面へ向かうペデストリアンデッキが南口とすると、新たに設置された「井口草津方面」の連絡通路は北口にあたる。 kanototori.hatenablog.jp 元々あった南口の「西国街道いのくち歴史の散歩道」は町めぐりの…
新井口駅前は男子駅伝第1区の終わり辺り。折り返した後の第6区では中間にあたる。 第1区の走者が全員通過したあと、宮島街道はしばらく静かになる。第6区通過が近づくと沿道に人が増えてくる。
広島の駅伝コースには多くの橋が含まれる。 橋の歩道で立ち止まって観戦してはいけないので、橋以外の広い歩道のあるコースに人が集まる。 写真の看板は新己斐橋東詰にあったもの。この付近では西区役所前の平和大通り遊歩道で関連イベントが催された。
kanototori.hatenablog.jp 1月の男子駅伝の際に布かれる交通規制。コースに近い道路のあちこちに予告の看板が立てられる。上の記事で載せた写真では、設置場所固有の規制案内があったりする。 数年前に相生橋で見かけた看板は、「平和大通り通行止め」を知ら…
kanototori.hatenablog.jp 相生橋の場合、その形も経歴も独特なので、早いうちから石碑の形で顕彰したり解説したり。 昭和58年の記念碑は現在の橋に架け替えられたときのもので、それまで架かっていた橋の被爆時の様子が綴られる。末尾には、現在の橋の橋名…
天満川最上流の橋が「横川橋」。すぐ隣に「新横川橋」があり、路面電車も路線バスも新の方を通る。 kanototori.hatenablog.jp 現在の白い欄干の寺町側に橋名板と説明板を兼ねたプレートがある。車からは読み取れないくらいの目立たない字であるものの、県外…
kanototori.hatenablog.jp 天満川を渡る広電の橋は「広電天満橋」の橋名板がある。 そのすぐ上流側には歩道の橋と車道の橋の「天満橋」がある。 橋名板があるのは黒っぽい外側の方で、内側の少し低い方にも何か嵌っていたような痕跡がある。
kanototori.hatenablog.jp 府中町の多家神社前に架かる「埃宮橋」は古いコンクリートの欄干と親柱が残っているので、そのデザインや橋名の字体に興味を惹かれる。 歩道橋から見下ろしてみると、左岸側の欄干が白い。事故により破損したため親柱含めて新しく…
6月上旬現在、京橋の南区側(東)は高欄の復元が進んでいて、緑の柵が保護しているので橋の内側からはまだよく見えない。 「京橋を1943年以前の姿に復元しています」と、古写真を載せてアピール。 工事の期間が今月末までになっているので、もうじき金属供出…
京橋の工事以前の姿の一つに車道と歩道の分離がある。 橋の上流側に歩道が設けられていて、わずかな段差があった。現在は全体がアスファルト舗装されていて平坦になっている。なのでもとの歩道の位置に歩行者用通路が仕切られている。
www.city.hiroshima.lg.jp西国街道の中区での東の端は京橋川にかかる「京橋」。「「被爆80周年記念事業」として竣工時(昭和2年)の姿に蘇らせる」工事が進んでいる。 金属供出によって石に変えられた高欄が青銅に戻る。橋の東側が工事後、西側がこれまでの…
5ヶ所の謎解きでヒントを得て、中の棚稲荷で最後の謎を解くと賞品応募が可能になる。もちろん詳細は書かない。 前回は別の場所がゴールだったので、次回あるとしたらまた別の場所になるのだろう。
もう恒例行事かもしれない、中区の「西国街道謎解き宝探し」。 www.city.hiroshima.lg.jp 「本通り周辺で」とあるように、中区の西国街道の端から端までだと歩いて巡るには長大なので、平和記念公園から胡町やら新天地やらまでの範囲に収まる。 昨年度のイベ…
本通商店街の路上には旧町名や御門跡を示す表示が点々と設置されている。 道路の中央なので目立つ存在ではあるものの、人通りの多い中をチラッと見て通り過ぎる程度になりがち。謎解きイベントの題材にされることであらためて注目される。 「真鍋御門」は広…
胡子神社の前の東西に連なるアーケードが「えびす通り」。西の端が金座街のアーケードと繋がるので、本通の交差点から中央通りまでアーケードが途切れない。 www.ebisu.or.jp 「420年以上の歴史を持つ広島の商店街の草分け的な存在」という歴史の古さが特徴。…
kanototori.hatenablog.jp エビスの表記の傾向については、はてなダイアリーを始めてすぐの頃に触れていた(のを思い出した)。19年前か。 中区胡町の胡子神社から表記例を探るのは、町名や通りの名や祭りの名などサンプルが集まりやすい。けれどそれらは神…
三次市三次町の胡子神社も「胡子」だけでなく「恵比須」表記が見られる。 境内の「恵比須神社改築記念碑」は大正6年の芳名板。 それより古いところでは『三次町国郡志』(三次市史所収)に「恵美須社」となり、地名としては「胡子町」や「胡町」で書かれる。
https://maps.app.goo.gl/oM4rtEY1ugQVhQBg9?g_st=ic Googleマップでは「恵美寿神社」と表示される。 「草津まちづくりの会」による説明板では「胡子神社」で見出しになる。 鳥居の額では「恵美須神社」となっているので、それが正式らしく思えるが、 kusats…
旧草津港の東隣、御幸川右岸が「草津浜町」。そこの恵美須神社の鳥居にも奉納者の企業名が見える。 「株式會社廣島水産中央市場」と「中國水産物荷受株式會社」。左右で前株後株なのはたまたまにしても、両方に共通な「水産」が中心で「中國」と「廣島」、「…
草津港に隣接する商工センターには数多くの企業が集まる。 草津八幡神宮駐車場を取り巻く玉垣にも、「商工センター」所在の企業名がずらりと並ぶ。 左の行には代表者の名前も。草津港では水産物や青果に関係する企業がおおく、商工センターでは食品・電機・…
草津八幡宮駐車場側の参道に立つ大きな石鳥居。右の柱には「広島市中央卸売市場中央市場 場内業者 有志一同」。 その1行だけでだいたい伝わるものの、柱が太いので左側に「中央市場連合会の呼掛けにより 水産物部を中心とした市場内業者 有志一同により奉納…
西区の草津八幡神社駐車場側の参道には平成25年の社号標がある。 西区草津港所在の大崎水産による奉納。 www.osakisuisan.com 沿革によると、昭和3年に「草津南町1749番地」で創業し、戦後昭和22年には「草津南一丁目」に工場を移している。当時はまだ旧草津…
増岡組の記念事業「増岡組の100年」(PDF)に亀山神社社殿復興のことが紹介されている。昭和30年に鉄筋コンクリート造りの社殿が建てられ、現在に続く。 www.masuoka-g.co.jp 「本工事は、我社の社寺建築技術を発展させる礎となりました」と意義づけられてい…
昭和42年に建てられた「平清盛公日招像」。昭和42年当時の呉観光協会会長の増岡博之の文「平清盛公の銅像」のプレートが台座の左側面にある。 「協賛御芳名」のプレートには設計施工の増岡組の名が筆頭に来ている。
高烏台の展望台には「ここからの展望」をイラストにした横長の案内図がある。 (写真は平成24年) 「亀ヶ首」や「大浦崎」といった、海軍に関わる場所も表示されている。
砲台跡の遺構を見下ろす展望台に立つ清盛像。 日招き岩よりも高い所から見渡す景色は、向かいの倉橋島を右手に遠く松山・今治を後景に安芸灘が広がり、左手には安芸灘大橋が蒲刈を結ぶ。
音戸の瀬戸公園の高所に位置する高烏砲台跡にも日本遺産の標柱がある。 ここでの説明板には「呉市の日本遺産」と題して呉市中心部の地図がある。 この高烏砲台のように中心部から少し離れた海岸や山中にも、呉鎮守府に関わる施設が点在する。